こんにちは、あすなろまどかです。

 

 今回は、ショートショートを書きました。

 それでは、どうぞ。

 

 

 

「ジャンヌ・ダルクの処刑」

 

 るところに、真っ青な男の子がいました。

 彼の名は、ジルベールと言いました。


 英雄ジャンヌ・ダルクが殺されたとき、ジャンヌの魂が空へ吸い込まれてゆき、やがて小さな青い破片になって、地上に落ちてきました。その青い破片がまた集まって、小さな男の子の形になりました。それがジルベールだったのです。


 ですから、ジルベールの肌も瞳も髪の毛も、何もかもが目の覚めるような綺麗な青色でした。そして、彼の体の至る所に、ジャンヌの血が流れているのです。


 ジルベールは、明るい男の子ではありませんでした。産まれてきたときからずっと、何かが彼の胸をふさいでいるのです。でも、それが何かは彼自身にも分かりませんでした。

 



 ある日、彼は水色の空を見上げていました。この空になりたい、と思ったのです。


 彼には、好きな女の子がいました。ですから、彼はその女の子を連れてきて、一緒に空になることにしました。


 ところが、ジルベールがいくら誘っても、女の子は「空になんかなりたくないわ」と断ってしまいます。


「ヴェリーナ」ジルベールは、女の子の名を呼んで、言いました。「頼むよ。一生のお願いだ。君が僕と一緒になってくれさえすれば、僕、満足なんだ」


「そりゃ、あんたは満足でしょうよ」ヴェリーナは、顔をしかめて言いました。「でも、あんた、なぜ私の立ち場になってくれないの。あんただって、好きでもない人と一緒になる、ということになったら、嫌でしょう」


「僕、嫌じゃないよ。好きでもない人なんていないもん。みんなが好きなんだ」


「じゃ、なぜ私を選ぶの」


 ヴェリーナがますます顔をしかめるので、ジルベールは、必死になって言いました。


「あのね、ヴェリーナ。僕は僕の意思で君を選んだんじゃないんだ。


 ただ、ああ、空になりたいなあと思って、でも一人じゃあんまりに虚しすぎると思った。そこで、誰かと一緒に空になろうと考えた次の瞬間、君の顔が頭に浮かんだと、こういうわけなんだよ。


 だから何も、僕だって、君を巻き込みたいわけじゃないんだ」


「もう、意味が分からないわ。とんちんかんなこと言ってないで、早くおうちに帰してよ」 


 二人が議論を続けていると、二人の立っている土の中から、にゅうっと、女の子が出てきました。


「ねえ、ダーリン。そりゃひどいんじゃない」女の子は、ぷうっと頰をふくらませて言いました。「私っていう、ワイフがいるというのに」


 女の子がその言葉を言い終えるか、終えないかのうちに、今度は近くの木の葉っぱから、男の子が出てきました。


「ねえ、ジルベール。そりゃひどいよ。君、僕と永遠の愛を誓ったじゃないか」


 ジルベールとヴェリーナは、驚いて、土から出てきた女の子と、葉から出てきた男の子を見ました。


「何だよ、君たち」ジルベールは、震える声で言いました。「僕、君たちのことなんか知らないよ」


「知らない、ですって」土の女の子が、きっ、と眉毛をつり上げました。「よく言うわよ。あなたがレイプしてきたくせに」


 ジルベールとヴェリーナは、顔を見合わせました。


「知らない、だって」葉の男の子も、きっ、と眉毛をつり上げました。「よく言うよ。君からキッスしてきたくせにさ」


 ヴェリーナは、ジルベールをにらみました。土の女の子と、葉の男の子も、ジルベールを怖い顔でにらんでいます。


「ねえ、レイプやらキッスやら、一体何の話だい?僕、知らないよ。本当だってば」



「とぼけないでよ」土の女の子が、ジルベールの頬を叩きました。


「とぼけないでよ」葉の男の子が、ジルベールの頭を殴りました。


「とぼけないでよ」ヴェリーナが、ジルベールの胸を押しました。 



 ジルベールはよろけて、倒れてしまいました。


 土の女の子と、葉の男の子と、それからヴェリーナが、ジルベールの顔をのぞき込みました。女の子と男の子の顔から、それぞれ土と葉がこぼれて、ジルベールの真っ青な顔に降りかかりました。


「ねえ、レイプやらキッスやら、一体何の話だい?僕、知らないよ。本当だってば。ねえ、本当だってば」


 ジルベールが、さっきと同じことを繰り返すと、ヴェリーナは苛だって、ジルベールの顔を両手で鷲掴みにしました。ジルベールが悲鳴を上げた瞬間、ジルベールの顔はドロドロに溶けてしまいました。


 ヴェリーナの両の手からは、燃え盛る赤い炎が、めらめらとただよっていました。あたりが焦げくさい匂いでいっぱいになり、ジルベールの気は遠くなってゆきました。


 ゆっくり死んでいきながら、ジルベールはさまざまなことを思い出していました。


 いつかこの土地の、土を耕したことを。

 いつか木の葉を口に当てて、音楽を奏でたことを。


 そして、自分がジャンヌ・ダルクだったとき、最期に炎に包まれたことを。