こんにちは、あすなろまどかです。

 

 

 今回は、小説「ジキルハイド」を投稿します。

 前回の第1話の続きです。

 

 第1話はコチラ↓

 
第2話 殺し屋の女(後編)

「おっかねえ殺し屋と、一体何をして遊ぶっていうんだよ」ジキルは、リコに尋ねた。「暇つぶしってことか?」


「暇つぶし…そうね…」リコの瞳の奥が、猫のように妖しく光った。「暇つぶしかと聞かれれば、そういうことになるわ。でもあたしは、殺し屋と遊んで暇をつぶすわけじゃないの」




「どういうことだ?」ジキルの声が低くなった。


「確かに殺し屋に会いには行くけど、あたしの遊び相手はまた別なのよ」


「ますます分からん。オイ、何が狙いだ?」

「教えてもいいけど、いま教えると面白くないわ」


 リコを怪しみ、低い声で探るように尋ねてくるジキルにも、リコはお構いなしである。美しい顔に三日月のような微笑を浮かべて、自分のペースで話を進めようとする。ジキルには、リコがタダ者でないことがハッキリと分かった。 


「オイ、ジキル。やはりこの女は怪しいぞ」


「分かってる」ジョウの言葉にかぶせるように、ジキルは答えた。「が、面白い。何とも言えない、妖しい魅力がある。いま殺しちまうのは惜しい」


「ジキル」


 ジョウがとがめるようにジキルの名を呼ぶと、ジキルはジョウの瞳をまっすぐに見つめた。それを見ると、ジョウはもう何も言えなくなってしまった。 


 ジョウはため息をついた。ジキルはジョウから目を離した。リコは微笑んで、殺し屋について話し始めた。



「殺し屋の名は、ヴェリーナ=ド=ラユンジュ(Vellina De Launje)。


 ジルベール=ド=ラユンジュ伯爵(Comte Gilbert De Launje)という、フランスの貴族である男のひとり娘。


 毎日のように宝石を眺めて、飽きたら人を殺すというのを繰り返しているそうよ」


「オイ、ヤケに詳しいじゃねえか。怪しいな」


 突き刺すようなジョウの声に、リコは再び微笑んだ。


「会おうと思っている殺し屋だもの、基本情報くらい知らなくてどうするの?どうしてもあたしを敵にしたいなら、もっとマシな根拠を探してくれない?」 


 ジョウはリコを睨んだが、リコは顔色ひとつ変えない。

 ジョウの苛立ちが極限まで達し、彼はリコを殴ろうと身構えた。


 そのときほんの一瞬間、リコが耳を守るように耳の辺りを押さえたのを、ジキルの猟犬のような目は見逃さなかった。


 この女、やはり何か隠しているな…ジキルがそう思ったときだった。

 突然 銃声がとどろいたかと思うと、それまで事の成り行きを見守っていた男2人が倒れた。


「なんだ!?」


「殺し屋さ」慌てるジョウに、ジキルは静かに答えた。「ずいぶん近くにいやがるな。お前らも気を付けろ」


 ジョウとリコはうなずいた。ジキルたちの足元に伸びた男2人は、既に死んでいた。



 と、ジキルの背筋が、不意にゾワリと動いた。幾度も拳銃を向けられてきたその背中は、たとえ何千メートル離れた場所からの狙撃であっても敏感に察する。ジキルが転げるようにその場を離れた次の瞬間、彼の立っていたその場所には、ライフルの銃弾が転がっていた。


「ジキル!」ジョウが駆け寄ると、ジキルは額の汗をひとぬぐいした。「オイ、大丈夫か?」


「ああ、平気だ」顔をしかめたジキルは、しかしすぐに、普段の妖しげな微笑みを取り戻した。「だが、ひどく驚いたよ。確かに殺し屋の女は、恐ろしい敏腕な野郎だ」


「ああ、全くだ。しかし、ヤツはどこから撃ってきたんだろうな」


「あそこだよ」


 ジキルが指さした方を2人が見ると、そこには9階建てのビルがあり、その屋上にはライフルがあった。しかし、


「女がいない」


 ジキルは、驚いてつぶやいた。


「そんなはずはない。俺は確かに、あの場所から撃たれたんだ。背筋にそれを感じたし、ライフルはあの場所にしかない」


「こりゃ、一体ぜんたい…」


「ジョウ、伏せろ!」


 喋りかけたジョウに、ジキルは喉が裂けんばかりに怒鳴りつけた。とっさに地べたに伏せたジョウが上を見上げると、そこにはナイフを持った、素晴らしい金髪の美女が立っていた。


「アンタが殺し屋だな?」

 ジキルが声を落として尋ねると、女は微笑んだ。


「そうよ。名はヴェリーナ=ド=ラユンジュ」


「よおく知っているさ。この女から聞いている」ジキルはアゴで、リコをさした。「ところで、俺を撃とうとしたのもアンタかい?」


「そうだとも言えるし、そうだとは言えないわ」


 ジキルとジョウは、思わず顔を見合わせた。


「オイ、彼女は何を言ってるんだ?」

「知るか。分かっていたら、こんなふうにお前と見つめ合ったりしねえだろうよ」


 ジョウはイライラと答えると、次の瞬間、その鋭い瞳でリコを切り裂いた。彼女は耳の辺りをゆっくりと触りながら、穏やかに、しかし注意深くジョウを見つめ返した。 


「アンタは、なぜ不思議がらない?」


 リコは黙ったまま、ゆっくりとまばたきをした。



「…グルだな」


 ジョウのつぶやきに、リコは可愛らしく首をかしげた。



「トボけるんじゃねえや。やっと出会った殺し屋を目の前にして、そんなに落ち着いてられるか。

 アンタはコイツと会ったことがあるんだろう。仲間なんだろう。だからそんなに冷静なんだろう!」


 畳み掛けるようなジョウの赤い罵倒にも、リコは動じない。ただ微笑んで、怒りに顔を歪めたジョウを見ている。

 


「何とか言ったらどうだ、このキチガイ女!」


 ほんの一瞬間、リコの真っ黒い瞳の奥が、小さな恐れでパッと開いた。彼女はそれを見せないために慌てて瞳を閉じ、そして開いた。そのときには再び例の微笑みを浮かべて、今度はジョウではなく、ジキルの方を見ていた。


 ジョウの隣にたくましく立っているジキルは、無言でリコを見つめている。その心の奥底深くで何を考えているのか、さすがのリコにも判断がつかなかった。 



「分かったわ。何とか言うわ」リコはため息混じりに言い、表情を緩めた。「お2人さん、何か気が付かないこと?」


「何だ?もったいぶらずに、早く言え」


「気付いているさ」腹立たしげなジョウの怒鳴り声にかぶせて、ジキルは落ち着いて言った。その声は冷たかった。「ラユンジュがいない」


 その言葉に、ジョウは目を見開き、リコは微笑んだ。


「本当だ…」 


「少し落ち着け、ジョウ。怒りで周りが見えていないぞ」


 まごついて辺りを見回すジョウに、ジキルは半ば厳しく、半ば優しく言った。リコは声を立てて笑った。


「さすがね、ジキル君。あなたは気付いてたのね」


「ああ、俺には分かるぜ」

 きまりの悪そうなジョウの隣で、ジキルは得意げに言った。


 が、彼の顔から笑みはふっ、と消え、先ほどの冷たい声と顔に戻った。

「だが、俺にも分からないことがある。なぜラユンジュは現れたり、消えたりするのか、だ。」


 リコが黙っているので、ジキルは続けた。

「さっきの、屋上からのライフルの件もそうだ。教えてくれ。なぜ彼女は、煙のように消えるんだ?」


 リコは真面目な顔で息を吸い込むと、静かにジキルを見据えた。

「それじゃあアナタは、あたしがラユンジュの仲間だと、そう言うのね?」


「ああ。ジョウの言う通り、アンタは間違いなく殺し屋だ。聡明な殺し屋に違いない。俺には分からないから、ラユンジュのことを教えてほしい」


 これまでになく素直に、切実にジキルが話すので、リコも切実な笑みを浮かべた。それは、ジキルとジョウが初めて見る、リコの笑顔だった。


「分かったわ。教えましょう」


 そこでリコは、黒髪の中から耳を出して、緑色のピアスを見せた。


「このピアス、何だか分かる?」


「盗聴器か?」ジョウが答えた。

「いいえ」

 リコは2つのピアスを耳から外して、1つずつジキルとジョウに手渡した。


「小さなボタンがある」ジキルが気付いた。

「押してみて」

 リコの言う通りに2人がボタンを押すと、


「あっ!!」


 そこには、殺し屋ラユンジュが現れた。


「なるほど」ジキルが微笑んだ。「これは超小型の、プロジェクターだな」


「そういうこと。もう1度押せばラユンジュは消える。そんな具合に、ラユンジュの姿を現したり、消したりしてたの。

 つまりヴェリーナ=ド=ラユンジュという殺し屋は、あたしが作り出した幻のようなものなのよ」


 これで、リコがたびたび耳を触っていた謎も解けたというものだ。ところが、どこか腑に落ちない様子で話を聞いていたジョウが、怪訝そうに口を開いた。


「だが、ラユンジュはジキルたちを狙撃し、男を3人殺した。ただの映像に、そんなことができるか?」


「だから、このプロジェクターは凄いのよ」リコは、2人からピアスを回収しながら答えた。「あたしが6年かけて開発した、限りなく本物の人間に近い映像を映しだすプロジェクター。映像だけれど、完全な幻とは言えないわ。アナタの言うように、銃を持って乱射したり、言葉を話したりできるんだから。あたしが心で思ったことを、映像が喋るのよ。だから、ラユンジュの姿を出しているときは、余計なことを考えないようにするのに、苦労したわ」


「なるほど、それは凄い」ジキルは、天才リコの説明に心から感心していた。「だが俺には、もう1つ分からないことがある」


「何かしら?」


「アンタはなぜ、こんなことをしたんだ?何が狙いだ?」


 リコは瞳を閉じて、開いた。

「殺し屋のあたしが、他の街で暴れ回っているジキル・ハイドの名を知らないとでも思って?」


 薄く笑ったリコを、ジキルは見つめた。


「じゃあアンタは、俺を知ってたんだな」


「そうよ、ジキル君。あたしはアナタと1度、闘ってみたかったの」


「だからアンタは、遊び相手は別にいる、と言ったのか」ジキルの脳内で、今まで組み立てられていた謎が、パタパタと倒れた。「ラユンジュが訳の分からん発言をしたのも、アンタがラユンジュだからだな」


「まったくその通りよ。あたしのお遊びに付き合ってくれてありがと、ジキル君、ジョウ君。なかなか楽しい闘いだったわ」リコはウインクした。「今度は、あたしを負かしてね」


 最後のセリフを言い終えるか終えないかのうちに、リコは近くに停めてあった赤いバイクを盗み、あっという間に走り去っていった。


 残されたジキルとジョウは、遥か彼方に消えてゆく謎の女、境リコを見つめていた。


「なんだ、あの女」

「何言ってんだ。最高の女じゃねぇか」


 ジキルは一呼吸おいて、ジョウを見た。


「次の勝負は決まったな。今度リコに会ったら、俺は必ずあの女を落としてみせる。俺が恋に破れるか、アイツが俺に恋するか。実に面白い、大勝負だろう?」


「どうぞご勝手に。とにかく今度は、俺を巻き込まずに勝負してくれ」

「いやあ、悪かったよ…」


 ジキル・ハイドと男原嬢は、血の香る怪しい街を、しっかりとした足取りで去っていった。


                       〜「殺し屋の女」完〜