こんにちは、あすなろまどかです。
今回は、「あすなろの木」第七話です。
一話完結型のエッセイなので、第六話を読んでいなくても大丈夫です。
(今回は一話で完結せず、次回に続きますが…。)
第七話 ルパンが死んだ日(前編)
2021年11月7日、私の中で「ルパン」が死んだ。
小学6年生のときから、ずっとずっと愛してきたルパン三世。その彼が死んでしまった。
ルパン三世の大ファンである私は、その日、久しぶりにルパンを観ようとテレビをつけた。
楽しみにしていたPART 6が始まったんだ…第4話からだったが、私はそれを観始めた。
しかし、次元大介が声を発したその瞬間、私の頭は真っ白になった。
なんだ、この声は。私の知ってる次元じゃない。
気が動転した私は、ルパンどころではなくなり、1度テレビを消してスマホを手に取った。
「次元大介 声」と検索をかける。
「次元大介の新声優は大塚明夫」「次元大介卒業の小林清志」…次々と目に飛び込んでくるワードを、私は信じることができなかった。
次に、「卒業」という言葉を電子辞書で引いてみた。
「ひとつの事業を完了すること。」
事業?事業って仕事のことだよね?
仕事が完了した?小林さんの仕事が…?どういうことなのだ。
信じたくなかった。信じられなかった。
「小林清志 なぜ」「大塚明夫 なぜ」「次元大介は小林清志」…。
履歴には、そんな私の戸惑いを表した文章ばかりが残された。
私はスマホを近くにあったベッドに投げつけると、布団に深く深く顔をうずめた。
そのとき私の中で、ルパン三世が死んだ。
山田さんは私が生まれるとうの昔に亡くなり、五ヱ門役の大塚周夫さんや井上真樹夫さん、それに銭形役の納谷さんも、私が熱いルパン・フィーバーにいる最中(さなか)に、あるいはその前に亡くなってしまったのだ。二階堂さんも増山さんも、もう「ルパン三世」にはいない。モンキー先生も、大塚康生さんだってもういないんだ。ルパンを好きになるたびに、その事実のせいで心が折れそうだった。
それを、小林さんがずっと慰めてくれていたのだ。
「安心しな。俺はまだやめねぇぜ。」
鬱や不安で押しつぶされそうなときは、頭の中で、あのステキな声で、そんなセリフをよく流したものだ。
それなのに。その小林さんまでもが、「ルパン三世」からいなくなってしまった。私はひどく落胆し、「小林さんに裏切られた」なんて思ってしまった。本当のところは、もちろん小林さんは何もひどいことをしておらず、私がひとりで勝手に落ち込んだだけなのだが。
いつかこんな日が来るとは分かっていた。しかし、ルパン三世を観るたびに、次元の声を聞くたびに、
「ああ、大丈夫。小林さんはまだ生き生きと次元を演じてる。大丈夫だ。」
と、すっかり安心しきっていた。
初めてルパン三世の原作を読んだときの胸の高ぶり、大野雄二さんのつくる素晴らしい音楽に心が震えたとき、スケッチ・ブックに描いた次元、山田さんと小林さんのやりとり、肩を組んで笑うルパンと次元を見て、私も幸せな気持ちになったあの日…。
思い出されるのは、懐かしい気持ちばかりだ。「ルパン三世」を愛した、これまでの約5年間の美しいアルバムが、見えない手によって、私の前に開かれた。
私はたまらない気持ちになった。が、涙は出なかった。絶対に流れるだろうと思われた涙が、1滴も出てこなかったのだ。ただ、まるで胸にどろどろと油を注ぎ込まれるように、嫌な気持ちが溜まってゆくだけだった。
そして私は、中学1年生の夏を思い出した。
あの頃、私は異常なほど山田さんの声を聞くのが大好きで、ダーティ・ハリーやら、ピノキオやら、彼が出演している作品をかたっぱしから観ていた。
(その頃に放送されていたのはPART 5なのだが、なぜか私は山田さんにハマってしまった。)
それはだんだんと、楽しみから鬱へと変わっていった。山田さんの声を聞くたびに、会ったこともない彼に会いたくて仕方がなかった。あんなに大好きだったルパンも、観るのをやめた。山田さんのことを考えて泣いてしまうので、話が頭に入ってこないからだ。
ある日、私は学校で突然泣いたのだった。山田さんが好きで、彼がいる場所へ行きたくて、どうしようもなかったのだ。私は同級生から引かれ、気味悪がられ、3年生になってもそのことでからかわれたのであった…。
私はそんな暑い季節を、寒い季節の中で思い出していた。
また、あんなふうになってしまうのだろうか?小林さんが天に召されたとき、私はきっとあのときのように、彼のところに行きたくなってしまうだろう。
もしも泣いたら、きっとまた、3年生までからかわれるんだろう。嫌だ…。
中学1年生、PART 5放送中の暑い季節で山田さんのことを深く考え、
高校1年生、PART 6放送中の寒い季節で小林さんのことを深く考える。
そんな対比を見つけたって、「人の死を恐れている」という、根本的な情けなさは変わらない。
ルパンに泣かされ、次元に悩まされ…本当に、引き返すことができないほど「ルパン三世」を愛してしまったのだなあ…と、私はなんとなく笑った。
その日はルパンを観ず、勉強もせず、ただ眠りについた。
眠る前の布団の中で、小林さんのことを考えて泣けるかどうか、試してみた。
しかしやはり、涙は出なかった。
第八話「ルパンが死んだ日(後編)」につづく。