全打順ホームラン達成者
オリックス→横浜 小川 博文 さんです!
愛称は、「がっちゃん」 Dr.スランプあられちゃんに出てくるキャラクターに似ていたからでした。
拓殖大学広陵高校時代に甲子園へ出場、当時の監督の薦めもあり、社会人野球 プリンスホテルへ就職し、野球を続けます。
都市対抗野球大会、ソウルオリンピック日本代表での活躍もあり、
1988年 ドラフト2位でオリックスブレーブスに入団。
1年目からショートとして活躍し、114試合に出場。
翌年もレギュラーに定着し、年間135安打を放つなど活躍します。
1993年 松永浩美 選手が移籍したこともあり、ポジションが増え、ショートのほかにサードも守る。
打順もどこでも行ける、万能プレイヤーとして活躍。
1999年 入団11年で全打順ホームランを達成。松永浩美 選手、五十嵐 章人選手など、小川さん合わせて5人が達成している偉業でした。
小川さんのすごいところは、どの打順でも、「来た球を打つ!」
配球は読まず、構えにもこだわらない。
ボールが来て、瞬間に打てると感じたらバットを振り、タイミングが合わなければスイングしないというシンプルな考え方でした。
森 祇晶 監督からの強い誘いで、進藤 達哉選手、戸叶 尚投手、新井 潔選手との交換トレードで、前田 和之投手、杉本 友投手と共に横浜ベイスターズへ移籍します。
そして、同ポジションのレギュラーだった進藤 選手に代り、サードのレギュラーに。移籍1年目は自己最多の15本のホームランを放ちました。
この時期の小川さんといえば、テレビ中継からもよく分かる、「マウスピース」
知り合いの歯科医の勧めがきっかけで使い始め、バッティングでのボールとバットが当たるインパクト時、強い力で奥歯の部分だけ穴が開くため使用していました。
1ヶ月ごとにオーダーメイドの新品に取り替え、予備も2、3個常に準備していたそうです。
ホームランを放った後のダグアウトで笑うと、ブルーの歯が見えるのに違和感がありましたw
2004年 残り94本となった1500本安打を目標としましたが、一度も一軍に呼ばれることなく9月に戦力外通告に。
合同トライアウトに参加したものの、同年限りで現役を引退。安定した成績を残す、身体・精神力共に強い選手でした。
引退後はトレード時の約束だった、古巣 オリックスでコーチ、球団職員を任され、2016年からはこれまた古巣 横浜DeNAベイスターズにて、打撃コーチをしています。
小川さんは、スランプ時に中西 太コーチの助言を活かし、復調した経験があります。
打てる若手が多いベイスターズを裏で支えています。