水場は彼方と繋がりやすいようで、
お風呂の中でゆったり、のんびり、歌でも歌いながら目を閉じていると不思議な光景がまぶたの裏を駆け抜けていくこともある。

その日はそんな風にのんびりと
湯に浸かりながらゆらゆらと揺れていた。

まぶたの裏には赤黒い世界
ゆらゆらと揺らめく赤い影。
黒い闇

柔らかな皮膜のような壁の向こうに青白い光

自らの音に合わせてゆっくりと進む

青白い光の光源には、
真っ黒な髪の
真っ黒な羽根がある
真っ黒な服を着た男の子

多分年は同じくらいだ。

まぶたの裏の世界で見る人は、なんでこんなに綺麗なのかなぁ
ああ、でも
ドキドキの感覚は、あの人に比べれば全然ね。

そんなことを思いながら、
青白い光の球体を抱きしめる男の子の顔を黙って見ていた。

漆黒の髪はとても長くて
ここを覆う地というか、闇というか
境界が無いように思えて、
この世界とくっついているようだった。

だから羽が生えているなんてよく分からなかったのだけれども
体よりも大きな大きな漆黒の羽根が背中からにょきにょきと生えていて
よく見ると、片羽根しかなかった。

彼の抱いている、青白く光る球体はよく見るとくるくると回っていて。。。
。。。
。。。
。。。地球?

そんな感じのオブジェに見えた。

瞳は閉じられていて、
球体にほほを寄せながら
ほんの少し涙で端が濡れているようで

なんで泣いているのかな。
と思いながら
その様子を黙ってじっと見ていた。

何日も、何日も
お風呂に入ったとき、しばらくその映像が続いていた。

でもまあ、
綺麗な寝顔を見ているのも悪くないし、
寝ている所を起こすのも悪いので、そのままにしていた。

来る日も来る日も、
皮膜の世界に来て、顔を覗いて帰る。

私は、彼を見た時から
きっとこういうのをルシフェルっていうんだよー
とか
勝手に思っていたので

勝手にルシフェルって呼んでいた。

本当にそうなのかはわからない。
でもなんとなく
他に名前も思いつかなかった。

だから彼は私の中で「ルシフェル」

少しばかりその目が開くのを待っていたのだと思う。


その日も
赤黒い皮膜の世界に迷い込んで
青白く光る光源を頼りに彼の元へ

いつもの横顔
のはずが、

今日は少しばかりまぶたが揺れて
赤い眼が覗いた。

ああ、本当に赤い眼だったのだなぁ
と呑気に思いながら、彼の側で膝を折ってその様子を見ていた

ぼぅっとしている様子の彼に

「おはよう。起きたの?」

と声を掛ける

この場合、何が起こるか分からないのは経験則からなんだけれども

不思議と
彼から目が離せなかったし
心配することもないかなぁと思っていた

「君は?」

ありがちな言葉。
まあ無視されるよりはいいかしら?

なんて思いながら

「んー。人捜しをしているからいろんなところを見て回っているのよね。ここには貴方がいたの。君はルシフェル?何しているの?どうして泣いているの?」

まだ微睡んでいるような彼を見ながら
私は思っていた疑問を口にした。

長すぎた髪は少々邪魔だったようで

彼は手刀で適当に髪を切った

「少し軽くなったかな」
瞳は世界と同じ、赤黒くなって、先ほどの光る赤ではなくなっていた。
私の方を振り向いてぎこちなくにこりと笑った

私もにこりとお愛想で笑って
「まだ長いけれども。さっきよりは動きやすいね」

と答えておいた。
それから先ほどの質問が帰ってこなかったなぁと思って、一度青白い球体を指さした

「これ、なに?」

彼は、うん?と頷きながら

「地球」

と答えた。

「何をしていたの?」

「お祈りをしていたんだよ」

「じゃあいいや」

私は彼をみてにこりと笑った。
彼はちょっと考えて

「君も一緒に、お祈りをしてみる?」

ああ、いいね。素敵

そう思って、うん。と頷いた。

彼は抱えるくらいの球体を持って私を手招きした

付いていくと、球体を挟んで向かい合わせに
彼は最初と同じように目を瞑った
「まずは羽根の感覚を研ぎ澄ませて…」
「ちょ、ちょっとまて。羽根なんて私には生えていないよ」

流石の私もおろっとなったのだけれども
彼は片目を開けて「えーっ」と言った

「羽根は感覚器官だから、本来誰にもあるんだよ
もっとも、羽根として存在しているかどうかは、個々の内情によるけど
…ここの骨の下から糸のようなモノを出してみてご覧」

ここ。と触られたのは肩胛骨
…確かに、肩胛骨は羽根を切った後っていう話は聞いたことあるけどさぁ…

まあ、多分イメージの問題なんだろう。

ちらりと彼を見ると、漆黒の片翼が端から光の糸がほどかれている。

なるほど、つまり触手とかに近いのかしらね?…違う気もするけど、とりあえずあんな感じにイメージすれば感覚器官としての羽根が出るわけね。

そう思って、手を背中から伸ばすような感じにしていたら、光の糸の束がボトッと落ちた

「なんなのー!」
はわわわわ…と軽くパニックした私を片目を開いて見ながら、
彼は悪戯っぽくくすくす笑った

「随分大きな羽根が落ちてきた」
「悪かったねー」

むーっとした顔をしたけれど、まあお構いなしという感じで、
彼は球体を見つめる。
「悪くないよ。全然。さ、それを解いて。。。全身全霊、一つ一つを意識するような感じで」

そう言いながら、彼の後ろに集まっていた光の糸が球体に巻き付いていく

おおーっ!凄い綺麗

黙って見ていたら、再び片目を開け、促すようにちらっとこちらと球体を交互にみた
「…君も」

そんなの出来るんですか!?

と内心思いつつ。
やると言ったからにはやっとかんと

と思って

にょきにょき生えた金の糸の一部を、なんとか球体に巻き付ける

正直それだけで疲労困憊だった。

「初めてなのに頑張るね」

口元を少し上げてくすくすと面白そうに笑われた
口ぶりからして出来ないと思われていたんだと知って、むぅ。と、口を尖らせる。

「負けず嫌いなんだね。<そっち>の世界でもそうなの?」
「違うっ」

意地悪な彼の言葉に、鋭い言葉を発して押し黙った。

彼は小さく ごめんね と呟いてから怒っている私の肩に手を置いた。

「世界を包む風はこんな風になっているんだよ。少し手伝ってあげるね」
そうして視界は世界の風になった



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

続きます。