不快感があるということは、そのひとにとっての不自然な要素が混じったことかもしれない。というふうに、感覚で自身に合う合わないの目安にすることができます。


その不快感に対して、その感覚が鈍麻、麻痺している。そんなこともあります。 


慣れともいえそうなものですが、たしかに不快感は感じておっても、それを繰り返していると、不快感はまだあれど、その感覚へ向く意識は弱まるような気もします。


目安として、活かしていければ、あとは、その感覚も含め、不快とは逆に快適な、気分がいい感じになるような、そういった感覚も含めて、自分の感覚に目を向けていければ、そんな方向性の慣れ→習慣があれば。


各感覚は、センサーの役割もあり、それを目安にしていくには、それら感覚に気づけるような意識の持ち方を身に着けていられるといいようにおもいまふ。