いろんな意味で
開放されて
いろんな人との関わりや
気持ちのはけ口
みたいに利用できる場所。


私は周りに
自分を表現する事が
あまり得意じゃないから
ここは
ちょっとした
オアシスだったりしてました。


だけど
誰でも見られる。
この事が
良くも悪くも
及ぼす影響があることを知りました。


心を自由にする事は
難しい事…


コメントを頂いておりました皆様
ありがとうございました。


これが
最期の更新になります。
次男くん
愛ちゃんのお家へ
お泊まりに行きました。

久し振りのお一人様。



今日2月5日は
母とまともに会話した
最後の日。


「私死んじゃうんだね」

そう言った日。



翌日から
意識混濁が始まり
眠る時間が長くなり
10日の朝4時頃
眠ったままになりました。


最後まで
いろんな人に
感謝していました。
自分の兄弟
自分の子供たち
出会った人たち…


一人一人の名前をあげて
感謝の気持ちを語っていました。


お葬儀の後
その方たちに
母の気持ちを伝えさせていただきました。



そういう人生の最期を
迎えられたら
幸せだなと思いました。

もし今の私を
母が見たら
何と言うだろうか…


ごめんなさい。
パパさんから電話がありました。


「学校から電話がかかってくる。どうするんだ」

「ごめんなさい。子供を説得していて学校に電話するのすっかり忘れてました」


「そうか…
でもこのまま毎日説得するのを続けていてもしょうがないだろう。
何が原因なんだ?学校で問題があるんじゃないのか?
学校に話に行った方がいいんじゃないのか?」


「先生とはちゃんと話をしてますよ?
いじめとかではなく
子供の気持ちの問題みたいです」


一体この会話は何度目だろう…


一昨日も
そのことについて
パパさんには話したばかり。
口で言った事は忘れてしまう人なので
文章に残すため
わざわざメールにした。

「彼は今
いろいろな気持ちと闘っているのです。
出来ない事の恐怖とか
どうすれば頑張れるのかとか。
だから
学校へ行けっ!
とか
学校へ行かないと大変だっ!とか言うことより
どうしたら乗り越えられるのか?
どうやって頑張ったらいいのか?
そういう事を話したり
彼が何をどう感じ
どんな風に考えているのかを知って欲しいです。励まして欲しいのです。」

と伝えました。


その返事は
「話は伺いました」


なのになんで
「学校に話にいく」
事が先なのか…


行くと言うので
止めませんでした。


私は
学校の話より
子供の話のが先だし
まず子供の心を大事にするべきだと思っていました。
行きたくないなら
行かなくてもいい。
生きたくなるまで
少しくらい待ってもいいんじゃないかと
思っていました。


障害を持って生まれた彼が
どんなに努力して
ここまできたのか
ずっと見てきたからです。
辛いときでも
笑顔で頑張ってきたのです。
それは
お父さんとお母さんを
喜ばせる為です。
心配かけないためです。

だから
私はちょっとくらい
疲れを癒しても
いいと思っています。


パパさんには
ほかの友達が
普通に出来る事が
自分には出来ないのだと
受け止めなければならない
子供の気持ちが
どんなに大変なことなのか
人に言われなきゃ
たとえ人に言われても
解らないのでしょう。


とても残念で
切ないことです…