岩波書店
2000円+税
《西鉄バスジャック事件》
2000年5月3日
佐賀駅から福岡天神行きの西鉄高速バスが17歳の少年にジャックされ、1人が死亡、2人がけがを負いました。
本書は、この事件で負傷した山口由美子さんによる手記です。
友人の塚本さんとバスに乗り合わせた経緯、「このバスを乗っ取ります」と、少年が言ったのちの、その場にいた人にしかわからない事件の様子が語られます。
おどろくのは、その慈愛に満ちた少年に対する眼差し。
全世界に心を閉ざしたような顔をした「少年」の姿に既視感があり、つらいんだなと感じました。
しかし、この温かい思いも虚しく、塚本さんは亡くなり、山口さん自身は、瀕死の重傷を負います。
搬送後の長時間の手術、6日間にわたる集中治療室での治療、両手ともギブスで固められ、首も動かせない状態での長期の入院、その後のリハビリと辛い日々がつづられますが、振り返って事実を淡々とつづるような筆運びです。
その後、カウンセリングを経て、山口さんはさらに少年に寄り添っていきます。
「少年」の両親と会い、「少年」に手紙を書き、少年院にいる彼と面会するのです。
教官が「少年」のそばにある椅子を勧めてくれたので、私はぎこちなく座り、思わず彼の背中に手をやり、さすっていました。さすりながら、「これまで誰にも理解されず、つらかったね……」と声をかけました。そして、「だけど、あなたの罪を赦したわけではない。赦すのはこれからです。これからの生き方を見ているから……」と伝えました。
山口さんは、事件をきっかけに、子どもたちの「居場所」づくりの活動に取り組むことにもなります。
被害者が事件について書いたものなのに静かで、心にしみる不思議な読後感。
厳罰化ではなくせない犯罪があると、改めて思います。
おつき合いありがとうございます。