2023年9月14日

岩波書店

 

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』などの翻訳者で、『韓国文学の中心にあるもの』の著者でもある斎藤真理子さんの読書エッセイです。

 

2020年から岩波の雑誌『図書』に連載されたものを、単行本化に当たり全面的に加筆修正し、書き下ろしの章を加えたとのことです。

 

連載が始まったときは「新しい本についても大いに書くつもり」だったという斎藤さんですが、「連載が進むにつれて、自分が思いつくのは古い本のことばかりなんだなと思い知った」というだけあって、『チボー家の人々』から始まり、田辺聖子、森村桂など、懐かしい顔ぶれが並びます。

 

『チボー家の人々』については、2章を割いていて、高校生のときに町の小さな文房具屋さんで見つけたその本を母親にねだって買ってもらったこと、四十代後半で再読したときの印象も書かれていて、若いときに読むべきものは読んでおくもんだと思いました。

 

やはり韓国文学にも触れられているのは勉強になりました。

 

まったく知らなかったのはマダム・マサコという人で、この人は「戦後の有名なデザイナーの一人で、また日本のファッションの世界を文章の芸でぐっと押し上げた人」との紹介があって、「洋裁をしない」斎藤さんが読んでもおもしろいというので気になっています。

 

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戦時中の日記の紹介もありました。

 

高見順『敗戦日記』、ケストナー『終戦日記』、清沢洌『暗黒日記』の「三冊はいつも手の届くところにおいてあ」るとありますが、「去年、ふと、そういえば女性の「敗戦日記」を読んだ覚えがないなあと思」い、探してみたそうです。

 

紹介されていた3冊は

 

野上弥栄子の日記(『野上弥栄子全集』第Ⅱ期第9巻、岩波書店)

『吉沢久子、27歳の空襲日記』(文春文庫)

『田辺聖子、18歳の記録』(文芸春秋)

 

それぞれ、60歳、27歳、18歳の立場も違う女たちの「終戦日記」が比較されていて、興味深いです。

 

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特筆すべきは、斎藤さんが趣味の編み物と読書を同時に行うことでしょう。

 

入れ替え入れ替え、30冊ぐらいの「編み本」があるそうで、夏目漱石は『猫』ならOK、『三四郎』ならなんとか、中勘助『銀の匙』だと最初は読めても、後半はだめとか、いろいろあるみたいです。

 

「最も活用したのは、文句なしに谷崎潤一郎『細雪』」で、「この文庫本三巻とともに、セーター三十枚ぐらい編んだのではないだろうか」とおっしゃるのには恐れ入ります。

 

斎藤さんは、「何も読まずに編むなんてつまらなくて、それならいっそ編まないほうがいいと思う」とまでおっしゃいますが、これはちょっとわかる。

 

作家の橋本治さんが編み物をすることは有名ですが、彼も編み物をしながら本を読んでいたというのは初めて知りました。

 

 

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本を読んだり、書いたりすることを仕事にしてしまった人というのは大変だなあと思えたのが、最終章の「本の栞にぶら下がる」です。

 

帯のコメントや文庫の解説を依頼されたり、自身の著書のために大量の本(資料)を読み込むときなど、たくさんの付箋を立てながら読書するという斎藤さん。

 

そのうち、「肩と肘を故障して仕事が止ま」り、「付箋を貼るのも線を引くのもメモを書くのもしんどい」状況になったそうです。

 

いい機会だと「強迫観念的な付箋貼りと線引きをやめて」みた、付箋なしの「読書体験」をつづった章のなんと伸びやかなことか。

 

 

栞はたいてい、一冊に一本しかない。読み終えて、迷いなく、そこへ栞を挟んでおこうと思うページがわかる。(中略)本の栞にぶら下がろうと思ったら、付箋をぞろぞろつけていては重すぎるのだろう。これからもやむおえず付箋を立てて読んでいくとは思うのだが、ときどき自分の脳だけで本に向き合ってみようと思う。

 

 

私がこの本に立てた付箋は5本。

素人なりに、ブログに書こう、引用しようと思って読んでるんだなあ。

 

付箋も立てず、メモも取らず、純粋に読書を楽しむのもいい。

 

そんなふうに読んだ本を読書メーターのまとめでまたご紹介できればと思います。

 

 

 

 

おつき合いありがとうございます。