2022年11月30日発行
毎日新聞出版
はじまりは、1枚の官報でした。
共同通信社で3年間の司法記者クラブ詰めを経て〈遊軍〉記者になったばかりの武田さんが、ネタを探して「行旅死亡人データベース」にアクセスします。
行旅死亡人(こうりょしぼうにん)とは、名前や住所などが判明せず、引取人不明の死者を表す法律用語。
年間600~700人が官報に掲載されるそうです。
武田さんの目に止まったのはある死亡記事です。
本籍(国籍)・住所・氏名不明、年齢75歳ぐらい、女性、身長133センチ、中肉、右手指全て欠損、現金3482万1350円を所持していました。
役所に問い合わせると、家庭裁判所から相続財産管理人が選任され、弁護士にすべて引き継いでいると告げられます。
さらに弁護士に連絡すると、探偵に依頼し調べたけれども、どこの誰だか判明しないとのことでした。
記事になるとも知れない「事件」でしたが、記者としての勘が働いたのでしょうか。
武田さんは同期の伊藤さんに声をかけ、独自の調査を開始します。
手掛かりとなる遺品は、星形のマークがついたロケットペンダント、印鑑、八坂神社のキーホルダー、ビニール袋に包まれた韓国1000ウォン札、米1セント硬貨、アルバムと写真30枚など。
亡くなった女性は写真で見るとかなりの美人です。
アルバムには男性の写真もあり、その男性が工作員だったのではないかという見立ても飛び出します。
果たして、彼女の身元は判明するのか。
警察も探偵もわからなかった身元に記者たちが迫っていく過程は、ミステリー小説よりスリリングです。
彼らがこの案件を粘り強く追ったのはなぜだったのでしょうか。
亡くなった人が誰だったのか知りたい。
読みながら私もそう思ったのは、どんな人にも生きていた日々がある。
そんなことを確認したかったからかもしれません。
誰にも看取られずにひっそりと亡くなり、無名の゛行き倒れ゛として火葬された。(中略)今や誰の人生にも起こりうる出来事である。
″人はいつか″ではなく、″私はいつか″死ぬのである。(あとがきより)
お読みいただきありがとうございます。