2007年9月30日
文藝春秋
ある日、新聞社の校閲部で働きながら、ほそぼそと詩を書いてきた北村太郎のもとに、古くからの友人、田村隆一から電話が入る。
北村が訳した小説をそっくりそのまま使わせてほしいという依頼だった。
小説のタイトルは『あるスパイの墓碑銘』
共訳という形でもいいという申し出に断ることもできず、手直ししてから渡すことに。
その原稿を田村の妻が取りに来る。
その後、田村の妻・明子は、北村のもとを頻繁に訪れるようになり、ふたりは男女の関係に。
北村は家を出て、彼女と暮らすようになる。
ともに詩誌『荒地』のメンバーだった北村太郎と田村隆一。
北村と田村の妻の関係をモチーフにねじめ正一が書いた小説です。
田村の妻の名前は変えてあるんですが、この奥さんの自由奔放さ、危うさが魅力的です。
明子は率直な、はっきりとした物言いをする女であった。無駄なことが嫌いな女であった。それはつまり、自分にとって大切なことをよくわかっている女であり、世間や他人から見ると我儘勝手な女だということでもあった。北村は明子のそういうところが好きだ。裏表がなく、正直でわかりやすかった。だから一緒にいると気が休まるのだ。
明子と会うようになってから、衰えていた詩の創作への意欲がよみがえる北村。
詩人には、心動かす何かが必要なのはわかるような気がします。
一般常識でははかれない北村と田村、明子の関係。
明子のため仕事も辞めた北村の、詩人が食べていくリアルも描かれていて、興味深かったです。
田村の詩も、田村という人間も、もしかしたら田村の人生も、殺し文句で出来上がっている。そしてまた、殺し文句の詩人は女を殺すだけで愛さないのだった。言葉で女を殺して、うまいこと利用して、面倒臭くなったら逃げ出すのだ。殺し文句の詩人が大切にしているのは言葉だけである。言葉に較べたら、自分すらどうでもいいのである。
鮎川信夫、加島祥造なども実名で登場。
鮎川信夫が隠し通した私生活も、わたしは全然知らなくて、あっと驚きました。
ドラマ化もされていました。
お読みいただきありがとうございます。