島根県浜田市旭町。
人口2600人の過疎地に「新しい刑務所」ができたのは、2008年のことです。
「島根あさひ社会復帰促進センター」は、PFI刑務所と呼ばれる官民混合運営型の刑務所です。
PFIとは、民間の資金や経験を活用して、公共施設の建設から維持管理・運営まで行う手法のことで、島根あさひをはじめ、美祢(山口県美祢市)、喜連川(栃木県さくら市)、播磨(兵庫県加古川市)と、4つのPFI刑務所があります。
日本の刑務所を特徴づけているのは、「沈黙」
受刑者は、人と接触する機会を何年にもわたって制限され、多くの場面で、会話が厳しく禁じられ、音を立てることは懲罰の対象にもなります。
本書で取り上げられるのは、「沈黙」とはまったく逆のアプローチです。
受刑者の中の40人というごく少数の人を対象に、TCユニットと呼ばれる、更生に特化したプログラムが行われます。
グループごとに、物語を作ったり、互いの話を聞いたり、被害者の役になってロールプレイングをしたり……
はじめは、何も語ることができなかった参加者が、ぽつぽつと、自分のことを語りはじめます。
幼いときに受けた虐待、ネグレクト、学校でリンチに遭ったこと
加害者の多くが、かつて自らも被害者でした。
その経験は壮絶で、ときに記憶を消してしまうほど。
感情がわき起るときの苦痛を仲間の助けも得て、乗り越えていきます。
著者の坂上さんは、ドキュメンタリー映画の監督で、自らも傷つけられ、傷つけた過去がありました。
本書は、坂上さんが長い年月をかけて取材を重ね、「プリズン・サークル」(2020年公開)という映画を撮った、記録でもあります。
さまざまな制約から、映像にできなかった話も記されています。
映画の冒頭は、「昔々あるところに、嘘しかつかない少年がいました」というナレーションで始まります。
物語を生み出したのは、服役中の受刑者
「なりすまし詐欺」の受け子として、2年4か月の懲役刑を受けた、二十代前半の拓也です。
子ども時代のことを思い出せない、自分がどう感じているかがよくわからない拓也が、プログラムが進むにつれ、徐々に変わっていきます。
逮捕拘束される中で、何を言っても信じてもらえず、絶望していく被告人
裁判員裁判での心証をよくするために、本当のことを言わないように誘導する弁護士
人を信用できずに育ってきた受刑者たちが、さらに誰のことも信じられなくなる司法制度の在り方についても、疑問を投げかけます。
2008年にはじまった「島根あさひ」での取組は、再犯防止の点からも、かなりの成功を収めますが、創設に加わった者が去っていき、少しずつ最初の理念から離れていっている現状も、率直に書かれます。
犯罪者に対して、手厚い更生プログラムが与えられることに対して、被害者側にしてみれば、複雑な思いもあります。
それはわきまえつつも、気づいたのは、自分の気持ちがわからなければ、被害者の気持ちもわからないという当たり前のことです。
真の反省を引き出し、再犯を防ぐことは、次の被害者をなくすことにもつながるでしょう。
映画を観た人からは、「自分もあの輪の中に入って語りたい」とか、「なぜ塀の外は語り合う場がないのですか?」という声もあったといいます。
『プリズン・サークル』の舞台は刑務所だが、これは「刑務所についての映画」ではない。語り合うこと(聴くこと/語ること)の可能性、そして沈黙を破ることの意味やその方法を考えるための映画だと思っている。(プロローグより)
お読みいただきありがとうございます。