カーザ・ヴェルディ

イタリア・ミラノにある高齢者施設です。

 

「音楽家が引退後も生涯音楽的な生活ができるように」という作曲家ヴェルディの願いによって、設立されました。

 

入居の条件は一流の音楽家とその配偶者

加えて、近年では、もともと住み込みの職員が使っていた空き部屋に、若手音楽家を受け入れているそうです。

 

筆者の藤田彩歌さんは、2016年、「若手音楽家」の一人として入居を許可されました。

 

本書は、彩歌さんによるカーザ・ヴェルディの紹介と2016年1月から、同年9月までの彩歌さんの日記で構成されます。

 

 

 管理しない

入居者が外出しようが、外泊しようが自由。

徘徊癖があるお年寄りが24時間戻ってこなくても気にしないなど、びっくり。

何か起こったときは自己責任で、管理者の責任が問われることはないそうです。

 

女性陣はかなりわがままで、食事の席を変えてくれとか、あの人とは口をきかないとか、皆さん個性的。

 

ご夫婦で入居されても、関係が冷えて、施設内別居をするだけでなく、旦那さんのほうはほかの女性とお茶をするなど、自由です。

 

施設のイベントも入居者自らが主催します。

震える手でマイクを握り司会をする高齢者。

受け身ではない姿勢が生きる張り合いになっていると感じました。

 

 設備は古い

若手の学生たちは試験や発表会に向けて練習をします。

スタインウェイのグランドピアノが使えるなど、恵まれた環境ですが、防音設備はなし。

 

「本番のときは練習のときのように、練習のときは本番のように」とよく言われますが、練習のときのほうが、一流音楽家に聞かれているというプレッシャーが。

 

冷暖房もあまりきかず、冬は寒さに、夏は暑さに苦しむことも。

網戸もなく、高齢のご婦人が、顔中に虫よけスプレーをふりかけ、窓全開で眠ります。

 

 

 

 引退後の生活はそれぞれ

生涯、音楽を楽しむ方や、アクセサリーづくりや編み物など、ほかの趣味を見つける方などさまざま。

 

アクセサリーを作っている元メゾソプラノ歌手のマージ婦人は、作った作品を売って、貧しい子供たちに寄附します。

 

アルト歌手のシーナさんも、絵を描いた売り上げをすべてザンビアとフィリピンの子どもたちに送っているそうです。

 

テノール歌手のロフォーゼさんは、中音域はしゃがれた96歳の声だけど、高音になると突然、力強い美声になります。

 

彼からのアドバイスは「朝、目が覚めたら、まずベッドの上で100回腹筋するんだ」

 

 

カーザ・ヴェルディは、音楽家に楽しく穏やかな最後の時間を与えるだけではなく、彼らが一生をかけて習得したものを、未来の音楽家に伝承していく場にもなっている。若手音楽家は国際色豊かなので、世界の音楽家に伝承していく場、とも言える。

 

 

あとがきには、コロナ禍の現在のカーザ・ヴェルディの様子も記されています。

 

カーザ・ヴェルディでも、しばらくのあいだ、部屋から出ることを禁じられ、食事はそれぞれの部屋に運ばれ、皆一人で食べていたそうです。

 

朝起きてから寝るまで、廊下や食堂であいさつするたびにハグ&キスをしていた入居者にとってはさみしい日々。

 

話題は彩歌さんが住んでいたころのことにも及び、すでに亡くなった人たちもいます。

 

 

高齢者との別れは、永遠の別れになることがままあります。

一流の音楽家の最後の日々をかいま見て、限りのある人生が愛おしくなりました。

 

 

2022年9月10日

ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。