『番町皿屋敷』といえば、女のお化けが「いちま~い、にま~い」と恨めしく出てくるお話が有名ですが、こちらは恋愛物。
【あらすじ】
旗本青山播磨と腰元お菊は相思相愛で結婚の約束も交わした仲。
しかし、播磨には頭の上がらない伯母からたびたび縁談話が持ち込まれる。
今度こそ、播磨は伯母のすすめを断れず、自分を打ち捨てるのではないかと疑ったお菊は、青山家家宝の皿を割って、それでも播磨は自分を大事と思うか賭けに出る。
お菊がかわいい播磨は、粗相ならばしかたなしと、とがめない。
ところが、下女のお仙が、お菊がわざと皿を割ったのを見ていた。
これを知った播磨は、皿を割ったことではなく、お菊が自分の愛を疑ったことに激怒する。
こちらは【戯曲から】
播磨 潔白な男のまことを疑ごうた、女の罪は重いと知れ。
お菊 はい、よう合点がまゐりました。このうへはどのやうなお仕置きを受けませうとも、思ひ残すことはござりませぬ。女が一生に一度の男。(播磨の顔を見る)恋にいつはりの無かったことを、確かにそれと見きはめましたら、死んでも本望でござりまする。
播磨 もし偽りの恋であったら、播磨もそちを殺しはせぬ。いつはりならぬ恋を疑はれ、重代の宝を打割ってまで試されては、どうでも許すことは相ならぬ。それ、覚悟して庭へ出い。
戯曲では、自暴自棄になった播磨が、外へ駆けていくシーンで終わるのですが、小説では5年後が描かれます。
ゆうれいが出るといううわさが流れ、家来も減り、荒れて薄暗い屋敷に、久しぶりにあらわれた伯母の真弓。
このおばちゃんがかっこいいんですよ。
年のころは50ぐらい。
「この上に恥を重ねぬ分別が肝要」と切腹を迫ります。
覚悟を決め、切腹のしたくをしている播磨の前にお菊のゆうれいがあらわれます。
「菊」
「菊。顔を見せい」
幽霊は静かに顔を上げた。それは生きている時とちっとも変わらないお菊の美しい顔であった。怨みも妬みも呪いも知らないような、美しい清らかな顔であった。播磨は思わずほほえまれた。
「菊。播磨も今行くぞ」
女の顔にも薄い笑みが浮かんだようにも見えたが、今ひとしきり強く吹き寄せた風に煽られて、柳の糸の乱れる蔭にまぼろしの姿も消されてしまった。雨はしぶくように降って来た。
出先で聞いたラジオから「おしゃべりな古典教室」という番組が流れていました。
NHKラジオ第二放送です。
劇団「木ノ下歌舞伎」の木ノ下裕一さんが進行役となり、女優、小芝風花さんとのトークで繰り広げられる古典入門です。
木曜と金曜の9時30分から15分。
再放送は日曜日の午後6時と翌深夜0時。
きのうは「お菊さん」と題して、『番町皿屋敷』を紹介してくれました。
教訓 愛は試しちゃいけない