『祝婚歌』

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

 

立派すぎないほうがいい

立派すぎることは

長持ちしないことだと気付いているほうがいい

 

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

 

二人のうちどちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

 

茨木のり子さんが、この詩をとても気に入っているということを書いた文章がある。

茨木さんが吉野さんに聞いたところによると、この詩は姪御さんが結婚されるとき、出席できなかった叔父として、お祝いに贈られた詩だそうだ。

 

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで

疑わしくなるほうがいい

 

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

 

その日の列席者に大きな感銘を与えたらしく、その中の誰かが合唱曲に作ってしまったり、ラジオで朗読されたり、活字になる前に、口コミで広まったという。

 

おかしかったのはと、茨木さんが紹介しているのが、離婚調停に携わる女性弁護士が、この詩を愛し、最終チェックとして両人に見せ、翻意を促すのに使っているらしいという話だ。

 

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気付いているほうがいい

 

茨木さんの親戚のお嬢さんがドイツ人の青年と結婚するときも、この詩をドイツ語に訳して式で朗読したそうだ。

 

「コリント人に与えた手紙」とともに聖歌隊によって読まれ、日本の詩は、出席した人に大きな感動を与えたという。

 

健康で 風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと 胸が熱くなる

そんな日があってもいい

 

そして

なぜ胸が熱くなるのか

黙っていても

二人にはわかるのであってほしい

 

「正しいことをひかえめに」どころか、正しくもないことを大声で言っているときがある。

 

この文章を書かれた頃、ストレス性の胃潰瘍の再発を気遣っていた茨木さんは、「ずっこけているほうがいい」と呪文のようにこの一行をとなえていたそうだ。

 

「世の中にはごく自然にちゃらんぽらんに暮らせる人もあり、また、自分自身にくどくどと言い聞かせ、努力して、ようやくややずっこけ調、という人もいる」(茨木さん)

 

吉野さんも茨木さんも後者のタイプなのだそうだ。

 
1998年7月25日第一刷
花神社
本体1800円+税