谷崎、太宰、オダサクら、7人の作家が世に出るまでのお話とそのデビュー作、出世作を収録したものです。
エピソードはもしかしてウィキペディアから持ってきた?っていうぐらいベタなんですが、やっぱり文豪たちの文章はすごい。
『二銭銅貨』江戸川乱歩
「あの泥棒が羨ましい」二人の間にこんな言葉が交わされる程、そのころは窮迫していた。
場末の貧弱な下駄屋の二階の、ただ一間しかない六畳に、一閑張りの破れ机を二つ並べて、松村武とこの私とが、変な空想ばかり逞しゅうして、ゴロゴロしていたころのお話である。
『刺青』谷崎潤一郎
それはまだ人々が[愚]と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。殿様や若旦那の長閑な顔が曇らぬように、御殿女中や花魁の笑いの種が尽きぬようにと、饒舌を売るお茶坊主だの幇間だのと云う職業が、立派に存在していけた程、世間がのんびりして居た時分であった。
『木枯の酒倉から』坂口安吾
木枯の荒れ狂う一日、僕は今度武蔵野に居を卜そうと、ただ一人村から村を歩いていたのです。物覚えの悪い僕は物の二時間とたたぬうちに其の朝発足した、とある停車場への戻り道を混がらがせてしまったのですが、根が無神経な男ですから、ままよ、いい処がみつかったらその瞬間から其処へ住んじまえばいいんだ、住むのは身体だけで事足りる筈なんだからとそう決心をつけて、それからはもう滅茶苦茶に歩き出したんです。
【坂口安吾のデビュー当時の心境・状況】
私はそのとき二十七であった。私は新進作家とよばれ、そのころ、全く、馬鹿げた、良い気な生活に明けくれていた。
〔中略〕
私はしかし自信はなかった。ない筈だ。根柢がないのだ。文章があるだけ。その文章もうぬぼれるほどのものではないので、こんなチャチな小説で、ほめられたり、一躍新進作家になろうなどと夢にも思っていなかった。
〔中略〕
私が酒を飲みだしたのは牧野信一と知ってからで、私の処女作は「木枯の酒倉から」というノンダクレの手記だけれども、実は当時は一滴も酒をのまなかったのである。(エッセイ『二十七歳』から)
巻末には《7人の文豪略年表》
7人の絡みがよくわかりおもしろいです。