東京・山谷、大阪・西成と並ぶ日本三大ドヤ街の一つ、横浜・寿町。

 

トム・ギルは1960年イギリス・ロンドン生まれ、

25年以上にわたり、日雇い労働者、寄せ場、ドヤ街、ホームレスを調査する社会人類学者です。

 

著者が、調査対象でもあり、友人でもあった、寿町で生きる西川紀光を取材した記録が本書です。

 

西川紀光は1940年、熊本市で、暮らし向きのよい銀行一家に長男として生まれました。

しかし、父親は戦争で仕事を失い、戦後も一家の経済力は元に戻らず、自衛隊に入隊。

若いときから酒が好きで、事故を起こさないうちに(本人弁)自衛隊を辞め、その後、民間の会社に移るも、勤まらず、川崎・東京・横浜で日雇い労働をするようになったといいます。

 

稼いだ金は酒と本に変え、その読書量は学者のトム・ギルをしのぐほど。

宗教や哲学を語り、港湾の荷役作業で覚えた英語をあやつり、人生を自然科学の隠喩で話す。

 

仕事のない日のほとんどを本を読むことに費やし、その思想は一風変わっていて、まともとは言えないかもしれませんが、労働の経験と相まって、一言一言がおもしろく、深みがあります。

 

自衛隊の話から

戦争そのものはとっくに終わっていまして、実戦の見込みは特になかった。だから、「兵隊」より「ボーイ・スカウト」みたいな感じだったね。「兵を百年やしなうのは一瞬のため」関ヶ原の闘争でもそうでした。映画のセリフ「平和の時の兵隊はいいですよ、博打とか飲酒ばかり」ジョージ・ペッパードかな。

 

道路で知らない人に温かい挨拶をする。手を振って「おお」と陽気に言う。子供が大好きで、見た途端に近づいて、頭をなでる。何か思い出せないことがあれば、信号待ちの赤の他人に聞くことがある。

 

ユニークでチャーミング、日本のドヤ街にはほかにもこんなインテリがいそうです。

 

2013年に刊行されたものに、その後の日々や紀光さんのお姉さんから聞き取った記録などを追加し、20年秋に「完全版」として再出版。

 

「人生、おもしろおかしい」というのが口癖で、冗談を言っては笑っていた。

知的なユーモアと孤独の中に生きた寿町の哲学者のことを、多くの人に知ってもらいたいと筆者は述べています。