向田邦子の写真には、本棚が写っているものが少ないという。
生前は本棚の全貌をひとに見せることなく、奥の部屋に密やかに詰め込んでいたようだ。
向田の蔵書は現在、実践女子大学図書館・向田邦子文庫に約1300冊と、かごしま近代文学館・向田邦子文庫に約300冊、そしてわずかながら実妹の向田和子さん宅にも残されていた。~編者あとがき
本棚Ⅰ 脚本、エッセイ・小説の糧となった蔵書
本棚Ⅱ 食いしん坊蔵書-向田邦子が選んだ食の本
単行本未収録エッセイ
本棚Ⅲ 好きなもの蔵書
好きな本は二冊、三冊と買い求め、友人に半ば押しつけるようにプレゼントしていたという。
本棚Ⅱの食いしん坊蔵書が楽しい。
「向田邦子が選んだ食いしん坊に贈る100冊の本」として
「江戸たべもの歳時記」浜田義一郎、「食通知ったかぶり」丸谷才一、「御馳走帖」内田百問などが紹介されている。
「坊ちゃん」夏目漱石、「津軽」太宰治、「流れる」幸田文も。
月給65円の時代に12円50銭を本代に使っていたという向田邦子の父。
その蔵書を盗み読むように、幼少の頃から、夏目漱石などに親しんでいたという。
明るいことだけ、楽しいことだけの家族ではなかった。不幸な生い立ちの父は欠点が多く、理由もなく焦立ち、母や子供たちに手を上げた。嫁姑の陰気ないざこざもあった。
それでも家族のことは嫌かと聞かれると、嫌ではないという。
旧約聖書「ロトの妻」を題材に、辛口のホーム・ドラマを書いていた。
悪徳の街ソドムとゴモラを滅ぼそうとした主は、善良なロトとその妻、二人の娘に「逃れて汝の命を救え。ただし、うしろをかえりみることなかれ」という。
四人は火と硫黄の降るソドムの街をあとに走り逃れるが、ロトの妻だけは、神の掟にそむいて、うしろをふり向いてしまう。そして、塩の柱になってしまうというお話。
向田は、ウィーンの性科学者で、フロイトの高弟だったシュテーケルの書いた「性の分析・女性の冷感性Ⅰ」(「エッチな本みたいですが、物凄く固いマジメな学術書です)に、ロトの妻が振り向いた理由を「家族熱」であるとあったことを思い出す。
家族熱。
ホーム・ドラマの傑作はこんなところから生まれていたのか。
家族は悩ましい。