3月4日未明に母は旅立ちました。
73歳でした。2年2ヶ月の闘病でした。
二度目の脳梗塞で救急搬送されたのが、2月2日、そのまま意識障害と左半身付随になってしまい、良くなる見込みが無いのか2月10日に緩和ケアに。
緩和ケアに入っても最初の頃ははっきり喋れないまでも、見舞いに来たよ分かる?といえば手を握り返して応えてくれた。
しかし次第に弱り、意識もなくなるのを見るのは家族は辛かった。
食事も取れず、栄養の無い点滴だけで1ヶ月よく頑張ってくれました。
救いは、肺がんの痛みや呼吸苦がない時に、脳梗塞になりそのまま苦痛なく旅立ってくれたことでしょうか。
体の痛みはなくても、意識が無くなる時まで、きっと母の心の痛みは耐えがたいものがあったと思います。
緩和病棟であってもコロナで面会制限は厳しく、さぞ寂しい思いをさせてしまいました。
タグリッソが耐性になり、ドセタキセルをしてからは転がるように一気に悪くなりました。タグリッソ耐性であと一年くらいかなと思ったら3ヶ月持ちませんでした。ドセタキセルをしなかったらもう少し長生きできたかも知れませんが、最後まで治療を諦めない母の希望で抗がん剤を続けたので、しょうがなかったのかな。
脳梗塞の原因は肺腺がんから血液凝固物質が分泌されることによる、トルソー症候群だったそうです。わずか1ヶ月の間に二度も脳梗塞になり、トルソー症候群だと診断されました。このタイプの脳梗塞は三度めも起こる可能性が非常に高く、その時は呼吸が止まることも覚悟して欲しいと医師に言われました。
しかし三度めが起きることなく、みんなに看取られながら静かに息を引き取れたので母も幸せだったかな。
先日の3月7日に葬儀を終えました。母は前向きによく肺がんと戦ってくれました。
お母さん、ゆっくり休んでくださいね!
お父さんは私たちが支えるから心配しないでください!
皆さんの肺がん闘病ブログ見てとても勇気づけられたので、私も闘病している方や御家族の治療方針の参考になればと始めたブログですが、これにて終わりたいと思います。
全ての肺がんが治る時代になることを願って。
治療履歴
2019年1月~2月
毎年受けていた人間ドックの結果から、右下葉の肺がん疑いが指摘され、CTでも同様。組織の生検を実施
2019年3月25日
肺腺がん ステージ3 告知
2019年3月27日〜5月15日
放射線治療 30回
カルボプラチン +パクリタキセル 5回
2019年5月22日〜7月18日
イミフィンジ(デュルバルマブ)3回
2019年8月9日
癌性胸水確定 ステージ4告知
2019年8月20日
胸膜癒着術
2019年9月3日〜11月28日
カルボプラチン+アリムタ(ペメトレキセド)4回
2020年1月9日〜2月10日
アリムタ(ペメトレキセド)維持療法 2回
2020年2月5日〜7日
脳転移確定 ガンマナイフ 6箇所
2020年3月5日
増悪診断 アリムタ(ペメトレキセド)中止
2020年3月16日
タグリッソ(オシメルチニブ)開始
2020年12月1日
ドセタキセル開始
2020年12月17~18日
脳転移再発 ガンマナイフ 1箇所
2020年12月24日
ドセタキセル2回目
2021年1月11日
ひどく弱ったため病院へ
多発性脳梗塞と診断、入院
2021年1月26日
退院、タグリッソ再投与開始
2021年2月2日
二度目の脳梗塞で救急搬送、入院
トルソー症候群と診断
意識障害、左半身麻痺
2021年2月10日
緩和ケア病棟へ転院
2021年3月4日
旅立ち