以前の話だが、私の毎朝乗る電車に六十を少しは、越えているだろうと思われるカップルが、同じ駅から乗っていた。カップルと書いたが、本当はどういう関係だかわからない。その理由は、二人は一緒に駅にやって来るのではなく、別々に現れるからである。まず、女性の姿をホームで見かける。なにか、いそいそとしていて、喜びをこらえきれないという、様子である。次に男性が現れる。どこかの会社の社長さんかと思わせる、落ち着きと貫禄がある。優しさと温厚さも感じさせる。半分白髪になった頭髪も、量はたっぷりあり初老男性の魅力にも恵まれている。さて、この男性がホームに現れると、女性の顔が華やぐ。下手するとバンビのように小躍りしかねない様子さえうかがえる。
    電車が来ると二人は、席が空いていれば、一緒に座る。女性は、まるで女子高生のように、男性に話しかける。男性はそれを軽く笑みを浮かべ、聴いている。時おり、彼もなにか小さな品のある声で女性に応える。
    私はこの二人は夫婦だと思っていない。では、いったいどんな関係なのだろう?それは、わからない。二人は幼なじみで、どちらかが離婚して町に帰ってきて、再会し、かつての情熱が甦ったのだろうか?
    さて、特筆すべきは女性の美貌である。私はやはり、この女性、還暦は過ぎていらっしゃるだろうと思うのである。だが、女性のスタイルは、二十代の女の子さえ羨むほど、細く均整がとれ、時にパスティルカラーさえ着こなすファッションセンスは、同年代の女性とは、かけ離れたものがある。しかも、女性の美しさは、日に日に増しているのである。ある日私はいつものホームに見慣れない若い素敵な女性の姿を見る。近くにいくと、その女性であることに、気づき驚く。それから、またしばらくすると、駅のホームにいつもは見ない素敵な、以前見間違えた女性より若い女性の姿を見つける。そして、近づいたとき、その女性であることを知る。こうなると、もはや、若作りとかという次元ではない。本当に若くなっているのだ。恐るべし愛の力、ホルモンの作用。

    還暦を三年後に控えている私は、日頃よくフォークソングを歌っている。自分でも歌を作り歌っている。たいがいは、若い頃の恋を思い出して歌を作る。こうしていれば、いつまでも心若くいられると思っている。しかし、過去のことを歌うのも悪くはないであろうが、新しい恋をして、この女性のように、ホルモンの作用で、心身ともに若くなるのは、もっと悪くないことだと思いはじめた。これから、電車に乗るときは、周りに素敵な女性をさがしてみよう。あの素晴らしい愛をもう一度。