ある日を境にして、私は小さくり始めた。
最初は誰も気づかなかった。服がゆるい、靴がぶかぶか、それだけだった。でも、メイメイだけは初日から知っていた。
メイメイは8歳の雌猫で、茶に黒の縞が入っている。普段はそっけなく、膝に乗るのは自分が決めたときだけ、撫でるのは許可制だ。
でも、縮み始めた最初の朝から、メイメイはずっと私の後をついてきた。
台所へ行けば、台所に来る。
廊下に出れば、廊下に来る。
黙って、一定の距離を保ちながら。
まるで何かを、測っているようだった。
そして7日目の朝
一気に小さくなって、私の身長はおそらく3センチ。
布団の上に立つと、自分がどこにいるかもよく分からなかった。白い布の平原が、どこまでも続いている。空気が冷たい。天井が遠すぎて、もはや空だった。
孤独感が急に押し寄せ、思わず名前を呼んだ。
「メイメイ」
もう私の声として認識してもらえないかもしれない。
しばらくすると布団が揺れた。
遠くから、重い足音が近づいてくる。
メイメイが来た。
頭だけで私の全身よりずっと大きい。琥珀色の瞳が、真上からゆっくり降りてきて、私のすぐ前で止まった。息が、嵐のように吹く。
前足が上がる。
私は動かなかった。走れば終わる。叫べば終わる。それだけは分かっていた。
前足が、地面に戻った。
そして鼻が来た。
巨大な、濡れた鼻が、私のすぐそこまで寄ってくる。温かい呼気が波のように押し寄せる。メイメイは長い時間をかけて、私のことを嗅いだ。頭の先から、足の先まで。獲物を確認するときの、あの素早さではなかった。もっとずっとゆっくりした、何か別の動作だった。
においの地図を、描き直しているようだった。
「メイメイ、私だよ」
小動物の様な声。3センチの声帯は、こんなにも頼りない。
でも、メイメイの耳が動いた。
ほんの少し、前に傾いた。
メイメイは私を食べなかった。
かわりに、額を私のそばに置いた。でかい、丸い額が、ゆっくり床に沈んでくる。グルグルという音が、地鳴りみたいに足の裏から伝わってきた。喉を鳴らしている。
私はその毛並みに触れた。
指一本で、かろうじて届く。
メイメイは動かなかった。
窓から朝の光が入ってきて、茶色の毛がきらきらした。私はその光の中で、世界一巨大な猫の額に寄りかかって、ただ、一緒に呼吸した。
明日どうなるか、分からない。
6日目より今日の方が小さいなら、8日目は——考えたくなかった。
でもメイメイは、においで私を見つけた。
見た目じゃなく、におい。サイズじゃなく、私。
それだけで、今日は十分だった。
グルグルという音が続く。
朝が、続く。
8日目
目が覚めたとき、メイメイの毛の中にいた。
眠っているうちに、私はさらに小さくなっていた。1センチか、それ以下か、もう自分では測れない。メイメイの毛の一本が、私の腕と同じくらいの太さになっていた。
呼吸するたびに、毛並みが揺れる。
メイメイの心臓が、真下で打っている。
ドクン。ドクン。ドクン。
暗くて、温かくて、においが濃かった。猫のにおい。メイメイのにおい。何年も嗅いできた、あのにおいの、正体はこれだったのかと思った。一本一本の毛に、染み込んでいる。
メイメイが起きた。
体が大きく膨らんで、縮んだ。呼吸だ。私はその波に揺られながら、毛をつかんで離さなかった。
「メイメイ」
声が出るか試した。
音になったかどうか、自分でも分からなかった。
でも、メイメイの体が少しだけ静止した。
それだけで、届いたと思うことにした。
9日目
食べることが、難しくなっていた。
メイメイのフード粒は、今の私には岩だ。水皿は湖で、縁にたどり着いても身を乗り出せば落ちる。
部屋の中に、私のための水はもうどこにもなかった。
メイメイが、水皿のそばに来た。
いつものように飲んで、顔を上げた。
それからゆっくり、私のいる方へ歩いてきた。
鼻が近づく。鼻先が、私のそばの床につく。
メイメイは一度だけ、鼻先を私に当てた。
濡れていた。
鼻先の水滴が、私の体についた。
飲めた。
メイメイが、また水皿へ歩いて行く。また飲む。また戻る。
何度か繰り返して、また来た。
私は震えながら、その水滴を待った。言葉を、メイメイは知らない。それでも、何日も積み重なったものが、ここに来ていた。
「ありがとう」
声になったかどうか、分からなかった。
メイメイは、ゆっくり瞬きを返した。
10日目
動けなくなってきた。
体が小さすぎて、床の木目の溝が溝ではなく、谷になっていた。メイメイの足音が来るたびに、地面が揺れた。一歩が地震だ。
私はメイメイの寝床——毛布が折り重なった角——の端に、もたれかかっていた。
メイメイはずっとそばにいた。
丸まって、目を細めて、私の方を向いたまま、ほとんど動かなかった。この猫が、こんなに長く同じ場所にいるのを一度も見たことがなかった。
外では、誰かが私を探しているかもしれない。
スマホは、もう画面にも届かない。
ドアノブは、もう宇宙の話だ。
世界は、完全に閉じていた。
でも、メイメイがいた。
においを知っている、この猫が。
サイズが変わっても、地図を描き直しながら、それでも「この人だ」と決めた猫が。
「ねえメイメイ」
声は出ない。口が動くだけだ。
「私のことが分かるの、もう世界でお前だけだよ」
メイメイの喉が鳴った。
グルグルという音が、床から伝わってくる。
暗くなってきた。夕方だ。
メイメイが体を少しだけ動かして、毛布のくぼみで私の周りを囲んだ。壁のように。
風が来ない。冷気が来ない。外が来ない。
中だけがあった。
メイメイのにおいと、鼓動と、喉を鳴らす音。
それだけでできた、小さな小さな世界。
11日目の朝
メイメイが鳴いた。
いつもごはんを要求するときの声じゃなかった。もっと低く、長く、一度だけ。
返事ができなかった。
声も出ない。指も動かない。
でもメイメイは、何時間も、そこから離れなかった。
においで、まだ私がいることが分かるのかもしれない。
それとも、においがかすかになってきたことが、分かるのかもしれない。
どちらでもよかった。
最後まで、ここにいてくれる。
それが全部だった。