母が、亡くなってから
不思議なことは、たくさんありました。

私が、母に反抗したりした時のことを
思い出し、素直でなかった私を思い出し、

(私が、私を責めるとき)

必ず、不思議なことが起こるのです。

本棚の本が一冊だけ飛びだすように
落ちたり。

父や母の写真を置いてあるチェストの前に
毎朝、お水をあげていて、
お饅頭とか置いていたんですね。

(私が、私を責めるとき)

お饅頭が床に落ちたり。


ゴースト(ニューヨークの幻)
という映画があります。

まさにあんな感じなんです。

何回もそういうことがあって、
私は、私を責めたら、母が悲しむことに気づいたのです。

自分を責めることをやめたら
そういう現象はなくなりました。


何より、亡くなった母を疲れさせたくないという思いが出てきて、
『無意味な自分を責めること』
をやめたのです。

まだまだ、不思議でない出来事は、
書ききれない位たくさんあります。

そして、今も私にサインを送ってくれます。

それは『信じる心』なのだと思います。
それは『常識』のメガネを外さないと見えない
ものだと思います。

『常識』を『良識』に変えることが
大切のような気もするのです。


ただ大いなる存在に守られていること。


私たちは『霊的な存在』であるということ。

私たちは『魂の経験』をするために
色々な『ご縁』の中で、お肉やお魚やお野菜を
いただいて、生きているという事実は間違いないことです。
そして、太陽があって、月があって・・。
私たちは、分子で出来ている
この真実以外の他はないと思うのです。


私だけではない。
信じる心をもつと、誰でも教えてくれます。
みんな違う個性(だから素晴らしい)
ですが、でもみんな一緒です。



今回で、
私の不思議(不思議でない)話は終わります。

ありがとうございました。
 
    終わり