qururingo01さんのブログ -2ページ目

残念。

大好きな仲村みう嬢がグラビア引退をするそう。
彼女の鋭い目線と自己演出能力、綺麗な肢体がそれはそれは好みだった。
非常に残念だけど、彼女の選択は正しいと思った。


あたしは某女性歌手の初期の頃が狂おしい位好きなのだが、彼女は引き際を間違えた側の人間に思う。


自分を作り込めば作り込む程、それを維持するのは大変で、一度咲かせた花は枯れるだけ。
枯れない花は造花しかない。

彼女らは本物の花だからこそ鮮やかに咲き、散っていく。

彼女はまだ18歳。
今回の引退が彼女の運命だとした、これから先どうなっていくのかが楽しみだ。

新居。

腰を悪くした。
息子を抱っこするのが難儀だ。引っ越し、帰省と日常生活以外の事が立て続けに起こったからだろう。
新しい住まい、松本はとても長閑かで良い所だ。
野菜が安い、湿気が少ない。
色々と素敵なポイント盛り沢山だ。
3年はここにいるらしい。
次は金沢に戻るのかしら。
まだ行った事ない土地に住みたい。
関東、甲信越、北陸はほぼ制覇したから、福岡とか九州地方も良いな。
それか海外。
デンマークとか良いな、うん。

モヤモヤする。

今日衆議院で可決された臓器移植法A案への改定。

これに対して思い思いの意見があると思うが、あたしは今回の法改定以前に、現代の死生観に疑問を感じる。

人にはそれぞれ寿命というものがあり、一律ではない。

癌で死ぬ人、事故で死ぬ人、自殺する人様々だ。

もし自分が何らかの形で脳死したら、延命治療はしないで欲しい。

もし自分が心臓移植をしなければ生きれないなら、移植はしない。

それがあたしの寿命だから。


もし息子が脳死したら…。
暫くはその事を受け止められずにいるだろう。
脳が死んで居ても、自発呼吸が出来なくても「今」は生きているのだ。

死に近付いているとしても生きているのだ。

脳死≠死。だと思う。

その中で残された期間を使い、息子とお別れする事を受け入れる事は出来ると思う。


だけど、「痛みはないから、死んでるも同じだから」と定義付けられ、まだ温かい息子の身体を切り刻み、心臓移植でしか生き永らえられない子供に与えたくはない。


息子が心臓移植をしなければ生き永らえられなくても、他人の子供の死を待つような思いはしたくない。

今、息子が元気だから、こういう考えが浮かぶかもしれない。
だけど、人間は産まれた瞬間から各々の寿命に向かっているのだ。

それを医学の力で何とかしてしまうのが、そもそもおかしいと思う。
自分の力では抗えない「死」を、その観念が歪んでしまった現代に歪みを感じてならない。

何だか頭が纏まらないし、ここ数日この事ばかりを考えていたら少し鬱っぽくなったから、まずは何気無い毎日でも、精一杯息子と旦那を愛する事を結論とした。