ある寒い冬の朝、恵美子は夫の遺産分割協議の通知を受け取った。
夫は亡くなる前に遺言書を作成しており、その内容がどのように影響を及ぼすかを彼女は心配していた。
夫には前妻との間に子どもが2人いたが、長年疎遠だったため、恵美子は自分の子どもたちである
悠太と沙織にできるだけ多くの遺産を残したいと考えていた。
遺言書には、恵美子と彼女の子どもたちを優先する内容が書かれていたものの、
前妻の子どもたちが遺留分を請求する可能性があることを行政書士の深沢さんから聞いていた。
相続人全員が集まる場は、深沢行政書士の事務所だった。
冷たい空気が漂う中、深沢さんが遺言書と法定相続分について説明を始めた。
「被相続人であるご主人の遺産は、不動産と現金合わせておよそ1億2千万円になります。」
前妻の子である健一が、険しい表情で尋ねた。
「遺言書には何が書いてあるんですか?」
深沢さんは一瞬間を置いて答えた。
「遺言書には、配偶者である恵美子さんがすべての財産を相続する旨が記されています。
ただし、法律上、遺留分を侵害している可能性があります。」
陽子が口を開いた。
「それでは、私たちには遺産を受け取る権利があるということですか?」
深沢さんは静かに頷いた。
「はい。前妻の子であるお二人には、遺留分として法定相続分の半分を請求する権利があります。」
恵美子は明らかに不満そうな表情を浮かべたが、冷静さを保とうと努力していた。
話し合いが進む中、恵美子が意を決して言った。
「陽子さんと健一さん、お父さんが晩年どう過ごしていたかも知らないでしょう?
家の維持や看病は、私たちがすべてやりました。
ですから、できれば相続放棄をお願いしたいのですが。」
健一は毅然とした口調で答えた。
「それでも法律上、僕たちには遺留分が認められている。
放棄するつもりはありません。」
恵美子は苛立ちを隠せず、深沢さんに目を向けた。
「遺留分を避ける方法は他にないのでしょうか?」
深沢さんは静かに説明を続けた。
「生前贈与や遺言信託を活用する方法もありますが、すでに被相続人が亡くなられた以上、
現時点では遺留分侵害額請求への対応が必要になります。」
恵美子は深沢さんと何度も話し合いを重ね、最終的に一定の金銭を前妻の子どもたちに
渡すことで合意する方針を決めた。
しかし、その金額を最小限に抑えるために、細かい計算と交渉が必要だった。
健一と陽子は、遺留分として受け取る金額を確認するために再度深沢さんと相談した。
「私たちは最低限の権利だけでも守りたいと思っています。」
一方で、恵美子は悠太と沙織にこう話して聞かせた。
「お父さんの遺志を尊重するために、私たちができる限りのことをするわ。」
悠太は少し不安そうな表情を浮かべたが、沙織はしっかりと頷いた。
「お母さん、私たちも協力する。」
数ヶ月後、遺産分割協議はようやくまとまった。
前妻の子どもたちは最低限の遺留分を受け取るに留まり、
恵美子とその子どもたちが大半の財産を引き継ぐこととなった。
恵美子は、夫の遺志をできる限り守れたことに安堵しつつも、
相続を通じて家族の複雑な関係性を改めて痛感した。
一方、陽子と健一は受け取った金額を手にしながらも、
父との思い出や家族の意味について深く考える時間を持ったのだった。
(完)
