もう、毎月の恒例みたいになっていますが、
今日は生理痛でお腹も痛くて、
半日以上も続く痛みやら頭痛やら、吐き気やら、、に耐えながら寝ていましたら、

こんな体で働くなんて無理だよぅ。。
という不安から始まり、

今回、父と2人で過ごした中で感じた
モロモロの切なさが押し寄せて、
わぁわぁ泣きました。

今回、父は私に、

自分が大丈夫でいられるのは、
長くてもあと10年だよ

と言った。

私自身は、実は割りと早くから父がいつか去ることへの覚悟は決めていたのですが、
父の前ではいつまでも5歳児みたいな感じだったので、ちゃんと分からせなければと、わざわざ言葉にしてくれたのでしょう。

父の顔が、
家族と一緒の時間ではなく、そういうものから切り離されて、ひとり、「自分の死」へと向いていることが伝わってきて、
そんな父を見るのは初めてで、
娘としての淋しさはもちろん、この世に生きていることの切なさとか、1人の男の静かな覚悟の美しさのようなものに、たくさん涙が溢れました。

戦後間もない時代に、6人兄弟の中で、
4人の姉を持つ大望の長男として生まれ、
子供は娘3人で、常に常に男としての役割を1人で果たしてきた父。

私は「女だから」というプレッシャーなど一度も受けた事がなく、ただ、1人の人間として、でもきっと、「女の子だから」しっかり守られて、のびのびと育ててもらった。

父のそういう態度は外でも変わることがなかったみたいで、職場の女性達に、年齢問わず、慕われているのは色んな場面で目にした。

(唯一、母には意地悪なんだけど。笑)


「男」として崩れることのなかった父は、その体で、どれほどの圧力を受け止めていたのだろう。

父は、退職後、時々ひどい悪夢を見るようになった。
私自身も大人になって、社会の成り立ちが分かってきた今は、その、父を襲う悪夢に、
彼が「止めてきたもの」の大きさを思う。


父を守りたい、、
なんて思うけど、きっと、彼は
これまで通り、私に弱い面を見せることはないんだろう。


そんな父だって、
元々は小さな泣き虫の男の子だったんだよね。
(最近、それを裏付ける父の小学生時代の通信簿が発見された。ww)

父がこの男性性を祖父から受け継いだのか、
他の誰かから貰ったのか分からないけれど、
どこかで、見えない儀式をして、受け取って、
育ててきたんだろう。

小さな男の子から、
弱味を見せない男になるまでの振り幅を見ると、男の子って、なんて大変なの・・!

って、ほんと尊敬する。


私も、自分の男性性を育てよう!
って決心したけど、やっぱり女だから、同じ形にはならないんだろうな。

この男性性を育てて行ったら、
どんな女になっていくのか、見てみたい。


こんなことを考えながら、
八木さやちゃんの歌声を聴いたら、とっても胸に沁みました。