19歳で母を亡くしてからずっと母がいない子になってしまった。

同姓で先輩で母である存在からの意見やアドバイスが受けれなくなり

叱られたりすることもなくなる。

とはいえもう大人の歳だからと一人で頑張っていても

後々いろんな形でそれが影響してくることになる。

 

唯一その穴を埋めてくれた近所のおばちゃんがいて、

母を亡くした私をとても気遣ってくれた。

私の小学校からの友達のお母さん。

 

中学生の時自分の顔や外見がすごく嫌いで思春期の悶々とした年頃

おばちゃんが「さりちゃんは大人になったらもっと美人さんになるよ!いい顔立ちしてる。」

って言ってくれたのを今でも覚えている。

今でも「さりちゃんは肌がきれいだね、すごく若く見えるわよ~」と会うたびに褒めてくれる。

 

私はその人のことを お母さん と呼んでいる。

 

私が初めて妊娠してからもたくさん気遣ってくれた

しょちゅうお家にお邪魔してご馳走を頂いて、

出産してからもたくさん助けてくれた。

 

そうゆう風にしてお母さんをを長い間見てきた

お母さんのお家(友達の実家)は宮大工で親父さんはちゃきちゃきの江戸っ子だった。

親父さんもすごく良い人でとてもかわいがってくれた。

普通に「すっとこどっこい」を使う人だ(*´▽`*)

 

お母さんはお客さんが来ると食事の用意をして

話し相手になって、みんなにごはんを食べさせて自分は席に着くこともなく合間に台所で食事を済ます。

家族の余り物もちゃんと食べる、もちろん酒もたばこもギャンブルもやらない。

たまにお母さん友達とお茶を飲んだり旅行に行ったり。

自分のことは置いといて、子どもや家族のために日々を過ごすお母さん。

どこにでもいるお母さんなんだろうけど彼女の生き様はかっこいい。

 

私の目標はお母さんだ

 

お母さんが私に教えてくれたことを書き記しておきたい

 

お母さんは絶対人の悪口を言わない。人の人生に自分は入れないから。人には人の何らかの事情があるから。

だから最後は「まあいろいろあるからね~」で終わらせる。

 

お母さんは孫を育てている。共働きの同居の長男夫婦の子だ。

決して怒らない、できることはしてあげる、そして子育てには口を出さない。

いつも孫も、お嫁さんのことも褒めまくる。

 

お母さんは贅沢をしない。でもお客さんにはたくさん振る舞う。

口癖は「なんもいらない」

 

いつもお邪魔ばかりしているが、たまにうちに遊びに来てくれる。

たまには振る舞いたいのに、なんもいらないからって遠慮する。

でもご飯を作るとおいしいね~と食べてくれる

うちに来ると「客じゃね~よ」と言って皿を洗ってくれる。

 

お母さんはいつも金はないと言う。

子どもはこれからお金がかかるね~という話になると

「お金はないけど子供がしたいことはさ、してやんなきゃね。お金がないからダメですとは言えないからね。でもお金は、、、なんとかなんだよね~」

お母さんのとこは3人兄妹で3人とも私立の高校、大学を出ている。

ホントになんとかなりそうな気がしてきた。

 

お母さんは大都会の一軒家に住んでいる

築50年?60年か?

昔は薪のお風呂があったくらいの年代物だ。

長男夫婦と同居することになったからリフォームしてもらったらいいのになんて言っていたら

「いらない、いらない、死んでから好きにしてくれりゃいい」

 

まだまだ話は尽きないが

お母さんは日常の何気ない会話の中から私に大切なことをいつも教えてくれる。

私の師匠であり、目標の人だ。

 

お母さんは間違いなく

 

KING OF OKA-SAN

 

お金や欲や、他人の見る目や評価は関係ない

ただ家族や友達や大切な人のために全力で向きあい尽くしてく、

そんな母親に私はなりたい

 

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雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体を持ち
欲はなく
決していからず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きしわかり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さなかやぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろと言い
日照りのときは涙を流し
寒さの夏はオロオロ歩き
みんなにでくのぼうと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういう者に
私はなりたい

 

 

 

愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛