国民の財産
「名も知らぬ遠き島より流れよるヤシの実ひとつ」
昨日に引き続き、唱歌での始まりです。たいがいの皆さんは海からの漂流物がどんなものか、あまり意識したことはないでしょう。たまにテレビや新聞等でこの漂着物が取り上げられます。問題としてです。冒頭の唱歌ができた頃は、漂着物は自然のものだったのでしょう。やしの実のほかにもきっといろいろ。
俺が子供の頃のふるさとの海、特に真謝港にもいろいろ流れ着いた。代表選手がコールタール。数年前、ナホトカ号が日本海で沈没した時、日本は大騒ぎだった。数十年は死の浜だと言われた日本海側の漁港も私達の美しい国日本に住む国民のそれこそ美しいボランティアの心で今では復活を遂げている。阪神淡路大震災の時も、国民の美しい心が活躍した。私達の美しい国日本は、世界でもまれな季節感あふれる国。為にその時々の自然災害も発生しやすい。台風・大雨・地震・豪雪・がけ崩れ・なだれ・津波・干ばつ・火山の爆発、ほんといろいろ・・・。
こんなに天災のオンパレードを書くと、その分野の世界一かもしれない。これだけの災害多種多発国家だからこそ、ここ一番の助け合いができるのだろう。村八分になっても、あとの二分、困った時の火事と葬式だけは助けるという。これも天災国家の知恵かもしれない。
さてこの美しいボランティアの心は、海から流れ着いたものではない。私たちの美しい国、しかしまた天災の国が生み出した国民の財産だ。もちろんこの財産の中に伝統芸能やら、技術やらも入るだろう。
私達の美しい国日本が世界の範となったとき不自然な海からの漂着物もなくなるような気がする。
引き続き、新コーナー「完璧マスター かぎやで風」↓↓↓
さて本日は「完璧マスターかぎやで風」第四回目。今日も第一フレーズについてだ。3から4と、14の前と、21・22間に「棒線」がひっぱってある。このイメージは見得を切るということ。15から17までのコーナー、がっかりのアーァアは、イメージとしては悠久のロマン、ゆったりした時の流れ、歴史の流れを表現するところ。「棒線」の三ヶ所は技術のみせどころとなる。
稽古の仕方はがっかりのアーアアをアーぐらいで止めてそのまま元に戻る。このとき下がる時間と戻る時間は同じだ。下がるのに1秒、下がって1秒、上がって1秒。できるようになったら、次第にちぢめる。0.5秒くらいの間にできたら、えらい。
音を下げるといっても、ほんのしるし程度、半音までもいかない。これが難しいようだったら、例えば、3・4の「う」と「ぬ」の間にもう一語、母音の「う」を入れよう。表記すると「うーぬ」ではなく、「ううぬ」ということになる。「う」と「ぬ」の間は1秒ほどなので、この間に母音の発声は結構むつかしい。
要するに、発声しようとしても時間的にできないかもしれない。ただこの場合、できない方が雰囲気が出るのだ。よかったなー。
今日はここまで。
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仲本光正