入学式の日、王立高校へと向かう途中、護衛のメルヴィンさんが気になることを言っていた。
「校内ではあまり大きな声を出されませんよう、くれぐれもお気を付けください」
俺はこの言葉を、上流階級らしいお上品な言葉遣いを心がけろという忠告ととらえた。なので深く考えることもせず「はーい、わかりましたー」なんて返事をしていた。
だが、すぐにメルヴィンさんの言葉の意味を知ることになる。
車寄せに馬車を止め、車道と歩道のほんのちょっとした段差を超えようとした時だ。
段差につまずいた。
前日まで十八歳の体だったせいで、十歳児の身体感覚がつかめなかったのだ。
おいおい、こんな段差でつまずくなんて乳幼児かお年寄りくらいだろ?
そう思えたのはのちに冷静になってからで、この場では何が起こったのか分からず、つまずいた拍子に悲鳴を上げていた。
その時だ。
シュバッ! という漫画のような効果音を響かせながら、迷彩色の服を着た男が現れた。
車寄せの植え込みから颯爽と現れ、転びそうな俺の体をサッと支え、何も言わずにまたササッと植え込みの中へと――。
迷彩ペイントされた顔で一瞬だけニコッと微笑まれた気もするが、タフなマッチョに胸キュンする趣味はないので、普通に真顔になってしまった。
呆然と立ち尽くす俺に、駐車場の誘導係と話をしていたメルヴィンさんが駆け寄り、そっと囁く。
「あのような者たちが各所に配備されております。彼らは優曇華様が悲鳴を上げられたと判断すれば現場に急行し、状況に対処します。場合によっては、悲鳴の原因となった『危険人物』を斬り捨てることもございますので……くれぐれも、御声の大きさにはご配慮を……」
うん。わかった。ほんとうに、もう、すごくよくわかった。
言葉遣いの丁寧さとかじゃなくて、マジで声の大きさの話だったのか。
クラスメイトとのじゃれ合いでうっかり転びつつ悲鳴を上げようものなら、現場に戦闘のプロが駆けつけて、俺を転ばせた『危険人物』を殺傷する可能性がある。
俺はこの先三年間、悲鳴を上げずに過ごそう。
少なくとも、そのつもりで頑張ろう。
そうしないと、誰か死ぬ。
――ところでメルヴィンさん。さっきの人、植え込みに入っていくところをしっかり見ていたはずなのに、もうどこにいるのか分からなくなってるんですが――ああいう人が、他にもいるんですよね?
植え込み以外にもいっぱい隠れてるんですよね?
ああいう人、あと何人隠れてるんですか――?