quetingbacha1980のブログ

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イライラする自分を何とかしたいと思って あれこれ努力をしている割に、 まだ思うように効果が得られていないとしたら、 まず一つ目に <目的を理解していない> ということがあり、 二つ目には <感情をなんとかできると思っていない(その類の信じ込みがない)> ことだと説明しました。 一つ目についてはこちら。 ↓↓ 感情整理に向き合うときに持ち合わせたいもの①(目的の認識) 一つ目については もう少し肉付けができそうなのですが、 広がりすぎてしまうので、 ひとまず二つ目に移動します。 ○ あなたは 自分の感情を自分でどうにかできると思っていますか? 本当に思っていますか? 即答で「はい、100%そう思っています」と答えられるほど「そう思って」いますか? 結論から言えば、 そう思っていないから(信じていないから)、 改善しないわけですね。 人は信じ込みで生きています。 無意識レベルで信じ込んでいたら ほっておいてもそう(信じ込み通りに)なってしまいます。 本当に「感情なんていかようにでも自在である」と思っているのならば、 やはりそのようになります。 でも、 多くの人は、 感情の扱いが難しいと思っているのではないでしょうか。 私はそうでした。 どれだけ本を読んでも、 どれだけサポートを受けても、 どれだけ学んでも、 どれだけ努力しても、 いっこうに自分を思うように変えられないし、 いっこうに自分のことは好きになれない。 罪悪感や、 自己否定や、 自己嫌悪、 イライラや マイナス思考や、 そんな ありとあらゆる感情を引き起こす感覚に呑まれて、 その自分を否定し、 なんとかしたいと思い、 それでもどうにもならない現実が どれほど辛かったか。 「変わりたいのに変われない」 「なんとかしたにのに、なんともできない」 という現状が どれほど辛いか。 それは それを経験した人にしか分からないですね。 私は自分の感情を扱えるようになるなど 到底思えないでいました。 私は「感情の扱いは難しい」と信じていたのです。 ○ ところで、 私のこのつたないブログは そこそこ人気のようです。 いつもどなたか様が訪問し、 見てくださっています。 そして、 ブログからご縁を通じて 私をサポート役として選んだくださった方に 「なぜ私を選んでくださいましたか?」 と聞くと、 以前はよく 「生き証人だから」 と言われていました。 (ここ最近は、 自己責任の在る生き方ができるようになりたいから、 前進できる在り方にしたいから、 本気で自分を動かしたいから、 などと言う答えが多かった気がします。) 生き証人とは、どんな生き証人か? それはつまり、 過去、どうしようもないほど自分の感情に振り回されていた人が、 自分のやりたいことに前進し続けられる在り方に変わった。 という生き証人なのだそうです。 地位や名誉があるわけでもない一個人の私が「生き証人だから」という理由で選ばれる。 それはなぜだと思いますか? それは 「信じたいから」 なんだと思います。 つまり、 「この目の前にいる根本千里という人が変わったのだから、私も変われるんだ」 という信じ込みを持ちたいのです。 人は信じ込みで変わります。 ですが、 自分で自分を信じ込ませられない時は、 「この人がこうだから」 と、 他者の経験を糧にすることもあるのだと思います。 つまり、 根本千里を信じているのではなく、 他者の生き様・変わり様でもって 自分の信じ込みを増やし、 次第にそれが本当になっていくわけです。 一方、 根本千里のサポートを受けたら 自分を変えられると 信じ込んでも、 もともとにある 「どうせ自分は変われない」の信じ込みが勝れば、 その信じ込み通り、 サポートを受けたところで どうせ変われません。 完璧で完全なサポートなど この世には存在しないのです。 全ては 自分が信じたものの通りにしか動きません。 ですから、私を信じられても困りますので、 私のことは信じないでください(^^ ゞ 私を見て何かを思う自分の思いを信じることですね。 ○ 話がそれました。 戻します。 私は過去、 自分の感情にひどく悩まされていました。 そして、 その自分をひどく嫌っていて、 自信など何一つありませんでした。 それは過去の記事を読めばあちこちにその証拠が出てきます。 そして私は今、 自分の感情は大いに感じますが、 それでも 自分のやるべきことに向けて常に前進しています。 だから日々に充実を感じます。 充実を感じない日も充実しています。 絶対的に自分への信頼があります。 自分を信頼できない時も気になりません。 どんなことがあっても、 自分で自分を幸せにする確信があります。 私は 感情に振り回されていた生き方から、 自分の結果に向けて前進し続けられる生き方に変わりました。 つまり、 私の経験を通じて 「感情の扱いは簡単にできます」 と言いたいのです。 この一文を書くための前振りがずいぶん長かったです(-_-) 「感情の扱いは簡単にできます」 と言われたところで、そう信じ込める人がどれだけいるのかは分かりません。 でも、 やっぱり私は 「私ができたから」 と言い続けるしかありません。 人は信じ込みでしか 自分を動かせません。 信じ込みは 作られるか、または、作るしか ありません。 信じ込みが作られる、または作るときに、 私の経験がその一助になるかもしれません。 私が発信をやめない理由の一つはそれです。 「自分の感情の扱いが難しく、自分をどうしようもできない」 と思っている人がいても、 「自分の感情の扱いなど簡単にできる」 と、私が発信をし続けることで その信じ込みが増える人が増えるかもしれないのです。 信じ込みは、作られるか、作るしかありません。 私のブログを読んでくださっている方は 無意識で「私にもできる」と洗脳されています。 私には文章で人を洗脳する能力が ちょっとだけあります。 (笑) 冗談さておき、 長くなりましたが、 感情整理に向き合うときに持ち合わせたい信じ込みは、 「感情の扱いなど、簡単にできる」 ということです。 「そんなこと信じ込めない」 と思う時は、 今はそれでいいのだと思います。 自分の命はいつだって完璧です。 今の(バイオ)リズムが完璧です。 ですがね、 もうちょっとだけ後押しをするならばね、 こちらに書きましたように、 ↓↓ 感情という子供 感情というものは、 自分の中の子供の自分に過ぎないのです。 せいぜい6歳レベル。 6歳の子供をどうにも誘導できない人などいないでしょう。 つまり、 誰だって子供(感情)を扱えるのです。 今回はここまで。 <後記> 今日もなし(^^ ゞ 感情と理性☆~"野"と時に向き合い時に突き放す愛ある全ての方へ~ ...