このお客様は昔からタケルさんを知ってるみたいだ……。 大鷹は失礼だと思いながらも男の顔をじっと見る。改めて見ても自分とそう歳が変わらないように思われた。 庭とはどういう関係なのだろうか。自分はタケルさんの過去など何も知らない。問うこともしなかったし、もちろん庭から聞かされることもなかった。歳から想像して兄弟なのか。にしては全然似てない。ならば昔の修行仲間というとこなのだろうか。いずれにしても今の庭のことしか自分は何も知らない。「お客様はタケルさん…オーナーとお知り合いなんですか?」 大鷹は思いきって聞いてみた。今の庭を知ってれば、何も過去までさかのぼって知る必要もないのだろうけど、庭の過去を知ってそうな人間が現れたらやはり気になるのは心情だ。 大鷹に聞かれ目の前の男は少し躊躇しているように見えたがやがて小さく頷いた。「庭タケルは僕の兄です」「弟さん…ですか」「僕、庭智明といいます」 クリンとした大鷹の目が、兄弟だと答えた男の顔をじっと見る。弟にしてはあまり似てないなと率直にそう思った。タケルさんに弟さんがいてたんだ……。本当に自分は庭について何も知らないなのだなと、大鷹は改めて思い知る。 弟だと名乗った男智明がカウンターの、さらに奥のガラス窓をチラリと見た。そこが厨房だということは誰でも分かる。当然だろう、分かるように意図として庭が此処を買い付けたとき工務店に注文したのだから。「兄さん…タケルは居ないみたいですね」 シェフである兄の姿がガラスに映らないことに、弟はがっかりしているようだった。大鷹はカウンターからペコンと頭を下げる。「すみません、タケ…オーナーは今、用事で出かけていて」「そうですか……。どのぐらいで戻ってきますか」「ええっと、得意先のお店に仕事で行ってるので時間は……あ、なんなら電話で」 そう言い自分の携帯を取り出す大鷹に、男は「いいです」と止めた。「仕事中でしょ、いいですわざわざ呼んでもらわなくても……」「え…でも、多分直ぐには帰って来ないと思うんですよね、出向いた先で店に飾るオブジェを作ってるので」「オブジェ?」「ええ。あ、そこにあるのもタケルさんが作ったものですよ」 大鷹が教えると智明は入れ子式になっているアンティークのテーブルの方へ視線を移す。テーブルの上では羽の付いた子供たちが大きなハートを抱えている。 兄の作ったオブジェを、智明はさらりと見て直ぐに大鷹の方へ視線を戻した。「たいぶ遅くなりそうですか、そのオブジェを作り終えるのに」 ジャルダンの看板でもあるオブジェに何も触れず、智明はそう聞いた。兄の仕事についてなんの感想も無いみたいだ。"凄い"と言わずとも、もっと何か反応があってもいいのにと思いはしたが、大鷹もまたそれについて触れずにいる。「オブジェは完成品に少してを加えるだけなのでそんなに時間はかからないと思うけど買出しもあると言っていたから……あ、良ければ上で待っててもらえませんか。上、住居になってるんですよ。タケルさんの作ったお菓子も食べながら待っててください」 気さくな顔でニコリと笑う大鷹に弟は腕時計をチラリと見て言う。「いえ、そうもゆっくりしてられないので。他に寄っていかなきゃいけない所もあるし、飛行機の時間もあるので」「そうですか……。すみません、せっかく来て頂いたのに」 大鷹は謝ると、はたと思いつき「ちょっと待っててください」と言って傍にあったメモ紙に七尾の店までの地図を書いて渡した。「お兄さんとは久しぶりに会うんじゃないんですか? まだお店にいると思うし、顔を見せに寄ってください。オーナーもきっと喜ぶと思います」 カウンター越しから大鷹は弟にメモを渡した。小さく頭を下げ智明は渡された紙を無造作にコートのポケットにしまうとドアを開け出て行く。何だか分からないが変な感じがした。どこか冷めたように思える庭の弟が頭に残る。大鷹は首を傾げながらドアのガラスから去って行く智明の後姿を見送っていた。 自分とそう歳が変わらないような弟がいるのなら、庭からも少しは弟の話題が出てきてもよさそうなのになと、大鷹は思っていた。でも自分には兄弟は居ないからよく分からない。久しぶりに会うといったって兄弟とはそういうものなのかも…とも思ったり。 庭が店に戻ってきたのは店をクローズしてから、大鷹が二階の住居で夕食を作っているときだった。 案外時間がかかったのは、きっと智明と会って、久しぶりの兄弟の再会に話が弾んで…と思っていたがそうじゃなかった。買出しに時間がかかったらしい。買出しのフルーツを選ぶのに、わざわざそこで作っている農家まで車を飛ばしたらしい。新しい食材はこの目と口で確かめないと納得しないというのが庭の持論らしい。どんな所で育ってきたものなのか、どういう過程で作られてきたのか、それを作った人から聞くのが一番確かなのだと庭は言っていた。 先に食べますかと聞くと庭から「シャワーを浴びてくる』と返ってきて浴室へ入っていく。その間に急いで料理の仕上げにかかった。今晩のメニューは豚肉の生姜焼き丼だ。付け合せは雑魚とキュウリとワカメの酢の物。後は大根の味噌汁に豆腐と葱を入れたら出来上がりだ。 座卓に運んでいると丁度シャワーを浴びてきた庭が部屋へ入ってくる。濡れた髪をタオルでガシガシ掻きながら座卓の前に座った。ちょこんと座る姿がなんとも可愛くて、ついつい大鷹の顔がニンマリとしてくる。運んでいた器を落としそうになって、庭に怒鳴られたりしたが。 夕食を食べ始め、大鷹は今日お店に来た庭の弟、智明の話題を口にしていた。「――それで弟さんに『NaNa』までの地図を紙に書いて渡したんですよ」「ふーん、そうか」 生姜焼き丼を口に運びながら、庭は淡々と返事をしている。庭も智明と同様、久しぶりの兄弟との再会にさほど感動は無いみたいだ。なんでこうも冷めてんだろ。期待外れの庭の態度に大鷹も少し不満そうな顔をした。「来たでしょ」「誰が」「いえ、だから弟の智明さんがNaNaに、ですよ」「いや、来てねーな」「えっ…そうなんですか……ああ、なんか時間がないとかで、酷く急いでたみたいでしたけど」 腕時計をチラリと見た智明を思い出す。飛行機の時間に…とか言ってたし、遠い所からわざわざ出て来きたみたいだし、せっかくなんだから一目でもタケルさんに会ってから、それから帰ってもよかったのに。「そこまでして俺には会いに来ねえよ弟は」 庭がボソリと吐いた。「そんなこと無いと思いますよ俺は。だってわざわざ飛行機に乗ってジャルダンまで尋ねて来られたんだし。タケルさんに会いたいから来たわけでしょ?」「どうだかな。理由はわからんが」 そう言い庭はごちそうさまと手を合わせ、空になった器を持ち腰を上げた。大鷹も残りの飯を掻き込むと、庭の後を追う。「タケルさんに弟さんがいるなんて知らなかったです」 スポンジに洗剤を落としながら大鷹は話しかける。料理もそうだが、後片付けも大鷹の仕事だ。庭はキャビネットからグラスを掴むと、冷蔵庫から出してきたミネラルウォーターを注いでいる。「いくつなんですか弟さん。もしかして俺と同じ?」 人懐っこい顔がニコニコと庭に話し掛ける。その顔をチラリと見て、庭は嗄れ声で返す。「てめぇはいくつだった」「二十一ですよ。前に言ったのに」 覚えてないんですかと言う大鷹に庭はそうだったかと言った顔をする。別に覚えておいて欲しいとは思わないけれど、もう少し興味持っててくれてもいいのに。「二十一か。ならあいつより二コ下だな」「二十三? 思ったんですけどタケルさんとあまり似てないですね」 思ったまま口に出す大鷹だ。庭はグラスから注いだ水をコクコクと飲み干すとシンクの中に入れる。「だろうな。血は繋がってねえからな、弟とは」「え……」「それ洗い終わったら今日はもう休んでいいぞ」「あ…はい」 キッチンから庭が出て行った後、大鷹は一人洗い物をしていた。洗いながら思う、まだまだタケルさんのことは知らないことばかりだ。昔のタケルさん。血の繋がりの無い弟さんがいること。どんな子供で、どんなどころで生まれ育ったのかとか。 なんでパティシエになったんだろう。小さい頃からの夢だったのかな。フランスで修行してたみたいだったけど、やっぱり本場で腕を磨く為に日本を出たのかな。なんで日本に帰ってきたのだろう。向こうに恋人とか、好きな人とかいなかったのかな。 何も知らない。過去のタケルさんのことは何も知らない。 だけどいい。今のタケルさんを身近に感じている、それだけ自分は今のタケルさんを知っている。だからそれでいいんだ。 キュッと蛇口を捻る。濡れた手をタオルで拭き、大鷹は庭が居る部屋へと入っていった。 拍手応援感謝ですっ。▼お手数ですがポチっとお願いしますにほんブログ村 FC2ブログランキング 人気ブログランキングへ
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