周子はにこっと笑うと、ベッドに戻り、黒木の上に覆いかぶさった。それはまるで色気のある行動ではなく、どちらかというと、ダイブしたという方が正しいくらいの、豪快な行動だった。黒木は周子の勢いに押され、思わずごほっとむせた。
「その前に、もう一回。ね、いいでしょ?」
「おいっ、重いだろう、ちょっと下りろ」
「やだ」
何を考えているんだ、この女は……。黒木は周子がうきうきと自分にしがみつくのを呆然と見ていた。大体、昼にしようと言ったのは彼女ではないか?そんなことを思っていたら、ふと周子と目が合った。
「なにぼんやりしているの?疲れちゃった?」
「そういうわけでもないが……なんなんだ?一体……」
「だって、とっても良かったんだもん。だから、もう一回」
「いつもしてるだろ」
「ううん、いつもと違うの。なんか……愛されてる、って感じた。とっても」
周子は少し言葉を切って、じっと黒木を見つめた。いつになく、真剣な瞳だった。
「その女の子のこと、本当に好きなのね。ちょっとだけ……妬けちゃうな」
黒木は言葉に詰まった。なぜ、周子がそんな風に感じたのか自分には分からない。優奈のことは、昔から知っている女の子、と言うだけで、そんなに話した覚えもない。だが、ふいに、周子に対して罪悪感が湧き上がってきた。以前から続けている関係ではあるが、昨晩は確かに……優奈のことで頭がいっぱいだったのだから。
「周子、その……」
黒木は周子に心から申し訳なく感じた。周子を優奈の代わりにしたつもりは全くないし、そもそも優奈とこうなりたいとも思っていない気がするのだが、そう思われても仕方がない行動だろう。黒木が困ったような顔で周子の腕を取ると、周子は笑った。
「やだ、なあに、その顔!気にすることないのに。私、もう男はこりごり。こうやって楽しくしてるのが好き。それに、私にはあなただけじゃないしね」
その明るい声に、救われた思いで、黒木は周子を抱き寄せた。
「だけど……。愛されるっていいな、って思ったの。ふふっ、いい男。好きよ」
周子は黒木の顔をいたずらっぽく撫でて、頬に軽くキスをすると、ころりとベッドに転がった。
「周子」
「だから、そんな顔しないで。可哀想に思われるの、嫌い。私このままがいいの。なんにも困ってないし。……でも、その子とどうするの?どうしたい?」
「どうって……」
周子は、黒木の言葉を待たず、笑いながら続けた。
「……私に名前も教えてくれないくらい、大事にしているんでしょう、その子のこと。あなたがそんなに入れ込んでいる女の子なんて……会ってみたいな」
「何を言っているんだ。入れ込んでいるって、別に、俺は……」
「もっと良く、考えてみたら?ううん、違うな、考えすぎているんだよ、きっと。ええと……良く考えたら、だめよ」
「何を言っているんだ、一体」
「ほんと、変なアドバイスね、私ったら。つまりね、昔に何があってそんなに悩んでいるのか知らないけど、もういいじゃない。過去は、過去よ」
自分が昨日、優奈に言ったばかりの言葉。昔のことは、変えられない……。周子に同じことを言われるとは。内心苦笑しつつ周子を見ると、彼女は目を伏せ、物思いに沈んでいるように見えた。そうだ、周子も、きっと色々なことを乗り越えてきたのだろう。黒木に言った言葉は、そのまま、自分自身にも向けられていたのかもしれない……。
黒木は、周子のほんのりと温かい肌に触れた。周子が黒木を見上げた。
「周子。お前は、いい女だな」
周子は一瞬、目を見開き、にこりと笑った。
「嬉しいな。ありがとう。あなたも、いい男よ」
いつもと同じ、明るい声だった。
自分も、周子も、言った言葉。過去は、過去。けれど。時間という薄布に包まれ、朧げになり、いつしか心の底に埋没してくれるはずの記憶に、自分はまだ惑わされている。黒木は、周子の肌に口づけをしながら、目を閉じた。……次の休みに。黒木は思う。母に、会いに行かねばならない。母にはもう何年も会っていない。だが。会って、あの時のことを、問いたださねばならない。自分と――そして、可愛い、優奈のために。