・・今日は普通のブログです・・
台風15号が関東の一部を通過してから、今日で3日が経ちました。私が住んでいるのは千葉県北西部。ほんの、ほんのわずかなこの一部を除いた千葉県のほぼ全域が今なお、停電、断水、場所によってはどちらも という状態となっています。私は今日、ここにお見舞いを申し上げるとか頑張れとかそういう内容を綴りたくて書いているのではありません。現実に、切実な思いと出来事があり、書くことにしました。
長年の親友から私宛にラインが届いたのが昨夜の23時ごろ、だったかな。実は彼女は先週、急性の大腸憩室炎を発症して緊急入院をすることになって、私たちは週末に会う約束をしていたのだけれど、そんなわけでリスケしてくれないかなと、そんなやりとりをしたのが1週間ちょっと前。で、退院の報告を受けたのが台風が来る前日だったような気がする。思ったより早く退院できてよかったね、じゃぁ20日の金曜あたりに再度お店を予約しようか?とか、そんな会話をラインでしてたんだっけ。
で、昨夜。なんだろ、ひょっとして再発しちゃったとかかな?なんだろうな?とラインを開くと、「突然ですが父が亡くなりました」
・・・え
--------------------------
猛暑の災害。メディアは基本的に、“熱中症で”の死者をカウントする。逆を言うと、それ以外はさして報じない。みたいだ
親友の父親は今年に入り体調をやや崩しがちで、入退院を確かに繰り返してはいたが、余命を宣告されているとか、そこまでではなかった。だから、彼女が先週自身の病で倒れたと報告を受けた時、そんな話題はまったくとして出てなかったし、私と会う約束だってしていたし、彼女自身父親に対しやがていつかは、という覚悟こそあったものの、まさか自分が退院してその数日後に突然死ぬなんて想定できていなかったらしい。当然だよね。。
死因を尋ねると、“持病の悪化”
この台風は関係している?と尋ねると
“まったくないとは言い切れない”
父親は彼女の退院とほぼ同時期に体調を崩して入院をしたのだそうだ。そしたら台風が来て、病院内が停電したのだと。彼女の住まいと病院は千葉市若葉区。え、政令指定都市でさえも電気、もどってないの?と訊くと、自宅はギリギリ大丈夫だったけど、道を挟んで向こう側は同じ若葉区でも停電。アッコさん、千葉市以南はけっこうやばいよ、成田や銚子方面もダメだけど、房総もダメ。千葉県で大丈夫なのはアッコさんとこらへんくらいだ。病院も、よっぽど大きいところは非常用なんちゃらとかサポートあるけど、お父さんとこは、ダメだったみたい。そりゃぁそこそこ弱った老人は、死んじゃうよね
死んじゃうよ!
・・で、お母さん(若年認知症発症から数年)は、このこと 理解、しているの?
可哀想だから今は言えてない。全部済んでしばらくしたら、話そうと思う。てゆうかそれよりね、母親の特養もあれからずっと停電しててさ、自治体のサポートまったくないから、私が毎日家からアイスノンとか氷とか運んでるんだ。・・カオスだよ、本当に。
・・哀しみに暮れている時間も ないじゃないか。。
私は、彼女に、現状その気持ちに寄り添うことしかできないことを詫びた。本当は、何の力になれなくても、それでも、いち早く飛んで行って、親友を支えてやりたいと思った。通夜葬儀がこの週末だと聞き、ごめん、私こんな時に金曜から福岡に帰省でさ、家族葬だから大丈夫とか言わないで、、私、それなかったら行ってる。もどかしい。申し訳ない。月曜には帰るからさ、それ以降、いつでも何でも頼ってよ!
そしたら、その気持ちだけで十分ありがたいと。
アッコさんそっか、今日、お父さんの命日だったんだね、あれからずいぶん経ったね、あの時はアッコさん若かったから、私の今の気持ちより全然つらかったと思うよ。私は、さすがにこんなに突然来るとは思ってなかったけど、ある程度仕方ないと思えるくらいまで一緒に居れたし生きてくれたから、大丈夫。でも、もしかしたら全部済んで落ち着いたころ、ぐわーっと来るかもしれない、・・その時は、よろしくね
もちろん。
---------------------------
昨年、関西を台風21号が通過したとき、関東でもそれはそれは大々的にその惨状がメディアで報じられて、これがこっちに来たら大変だね、でも自分のところは高台だしきっと大丈夫かなとか そんな風にふわっと思っていて
メディアで認知症の番組を見たり、あるいはこの親友の母親の状況を数年前から聞くようになって、自分の71歳の母親は大丈夫かな、いや、ウチの母はさすがに大丈夫だろう、とか大した根拠もなくふわっと思っていたりして
だけど、身内(親)の死だけは、身をもって知っているからそこだけは切実で
自分って都合がいいなと思った
自宅も、母も、大丈夫なんていう保証などない。根拠もない。ただ、なるだけそうならないような場所にあるマンションを買ったというだけで、母にしても、遺伝的、血液型的に、、とかフワっと思っているだけで、絶対なんて、ないんだ
-----------------------------
親友は都心にある某上場企業に勤める派遣社員で、もう同じところに15年くらいいるのかなぁ。とても理解のある職場でよかったとは言っていたけれど、同時に、でも、派遣だからいつ切られるかわからないし、給与だってあがるわけじゃない。父親が病気がちで、母親は認知症で、私は独身で、だから漠然とした不安はずっと、日々つきまとうわけよ。いま都心に勤めているけど、そろそろ、自宅の近くに転職しなきゃやってけないかな、とか、でもどうやって採用してもらえるかな、とか、介護に理解がある職場じゃないとな、とか、
会うたび、そんな胸の内を語る彼女がいて、でも彼女はいつも笑顔で。でも、自分はダメだダメだっていつも言うから、アナタ全然だめじゃないよ!!45歳なんてまだまだ全然だよ!!って
そうやって団塊ジュニア世代同士、会うたび互いを鼓舞しあってね
で、今日9月11日は、彼女の誕生日なんです。こんなことって。朝が来たらおめでとう!ってラインしようとしてたんですよ、そしたら数日前に史上最大の台風がきて、前日の晩に父親が死に、母親のいる特養施設は今なお停電で、当の彼女はまだ退院したばかりで、、それでも彼女はつとめて冷静に物事をみれていて。きっと今は気力だけで踏ん張れているのだろう。今、この状況を何とかできるのは、自分しかいないのだと。
誕生日の件はさておき、
この国は、国家もヒトも、こういう状況を、もっともっと、考えないと、これから先。
-----------------------------------
対岸の火事でもなきゃ、ヒトゴトでもない。
でも今までの私は、どこか、そうだったのかもしれない。
身近な親友がそうなって初めて、フワっとが、フワっとでなくなった。父親がまだ元気だっとき、あぁこの人はきっと鉄人なのだろうと信じて疑わなかったけど、60歳で死んだとき、あぁ、肉親の死は必ず訪れるんだと実感し、でもやっぱりヒトは実感しないと学ばないのだろうか、学べないのだろうかとか考えた
いや、そうじゃないし、そうじゃいけないのだとあらためて誓った日。それが今日。
ただ、今朝台風関連記事のヤフーのコメントを眺めていて、“自分とこの大阪も去年そんな感じでしたよ?見てなかったんですか?こっちも数日なんかじゃ復旧しなかったし、メディアだってその惨状、全然、やってくれなかったです。千葉だけとか思わないでいただきたい”
それは ちょっと、全然違うんじゃないか
いま、ここに、大変な人々がいるという事実。それをなんでもかんでもすべて自業自得のような言い方をするのは違う。ヒトは、なってみて初めて知ること、わかることがある。そうでなければ真になど知り得ないんだよ、それが想定外な出来事であればあるほど。だから、叩いちゃだめだ。そこは今、叩くとこじゃないって、私は思うんです
でも、まったく理に適っていないわけでもないと、だから私は今日、あらためて、自分がコトナカレ主義であってはならないと自分自身に誓ったんです。見ず知らずの人間から叩かれる気はさらさらないが、自家発電機を調べてみようとか、そういう、やれるところから、まずは意識を変えていこうと。
希望と絶望はとなりあわせ。希望的観測、ではだめなんだ。今、確実に、やれることを。心が折れぬように。