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SHANGHAI STYLE

日本⇔中国。子連れ主婦の日常。

お伝えします。

2011年8月28日、27歳の誕生日に三年間付き合った彼と入籍致しました。


ここ数年、毎年誕生日を迎えると

「100万の女の中で、利口な女はたった5人だろう。」

というココ様の名言を思い出してしまう私・・・


25歳の頃に得た教訓は、二年経った今も身に染みて生きているのです。

しかしながら依然としてなかなか利口になれない私。



実は誕生日の前日、彼が私に内緒で、地元から大学のまでの

友達を集めてサプライズパーティーを開いて頂きました。

なんか自分の人生のオールスターみたいなメンツばかり

集まっていて、最初は感動というよりも

彼ら人生において接触することのない「あいつ」と「アイツ」

何故この場にいるのか…等を考えてたら、

面白過ぎて噴き出してしまいました。

でもまさか自分の人生において、サプライズパーティーをして

もらえるなんて夢にも思わなかったので本当に嬉しかった。


集まってくれた皆さん本当にありがとう!!

そして新宿で朝の5時まで付き合ってくれたタフガイ達にも感謝!



後から話を聞くと彼は、随分前から計画を立ててくれていた様子…

そんなことも知らず、先日喧嘩をして家を飛び出し公園へ行った

私はやはりアホの申し子であり、今年の誕生日も

ココ様の言葉が鋭く私の心をえぐってくるのでした。


そして人妻になるのに、いい歳してるのに調子に乗って

ゴリラのマネをして周囲を威嚇する姿を

画像や映像に残され、ネットで垂れ流しされる私は

「100万人の中にいるアホな女5人」

にふさわしいでしょう。


そういえば28日は日曜日だったので、

休日の役所に婚姻届を出しに行きました。


お休みのせいか役所館内は守衛室以外の照明は落ち異様な空気。


そしてすこぶるテンションの低い警備員の人。

婚姻届を提出すると、何も言わず受け取り俯いたまま

じーっと書類を見てた。

そして顔を上げ、物凄い暗くて低い声で

ここの記載が足りないだの、

ここに押印しろだの言ってる態度が


「…チッ、めんどくせー俺は公務員じゃねぇんだ」


って思ってるように感じて

おめでたいことのはずなのに、なんか悪い事でも

して咎められてる感じだったな。

でも最後に超ボソッと一言

「・・・おめでとうございます。」

って言ってくれたけど。


後日、28日付で書類がちゃんと受理されたのが確認できたから

あの人がちゃんと役所の人に渡してくれたんだって思った。


でももっとラフな気分で書類を提出できるのかと思いきや、

まるで最後の審判か!?って感じよ。


まぁそんな感じで私の独身生活は幕を閉じ、

新たな生活への一歩を踏み出したのでした。


嫁となり嫁ぐ身となったわけですが、これからは夫の妻として、

生きていく生活を自分なりに楽しんで行けたらなんて思います。

今後とも皆さんどうぞよろしくお願いします。
前回の日記からその後更新がないので、

ご心配なさった方もいるかもしれませんが、私は元気です。



ちょうど二週間前の話になるのか・・・。

あれから家に帰ったら、案の定

彼は何事もなかったかのように寝腐っていた。

そんな彼だが、一週間前から和歌山の実家に帰っている。

基本的に彼は、実家に帰ると私のことは完全放置プレイ。

向こうから連絡一切なし!

以前はここまでひどくなかったのに。


まだ結婚してないけど、結婚すると

こうやって色々とほったらかしにされるのか・・・・

こんなこと考えてしまうなんて、まさかマリッジブルーってヤツ!?



まぁ前置きはさておき、先日私は長野の実家に帰ったのだが、

よく考えると独身最後の帰省となった。

両親とは、結婚式の打ち合わせがあり、今週末東京でまた会う。

しかし今の名前で実家の敷居を跨ぐのは、

もうないんだと考えたら、もう少しちゃんとしたら良かったのかな。


なんかしんみり泣いたりするのが嫌で、いつも通り

「いってきます」と家を出たんだが。


そういえば上京する時もそうだった。

自分が今人生の大きな分岐点に立っているのに、

いつだってまるで他人事みたいだ。


「いつでも此処にもどって来れる」どこかでそんな気持ちがあって、

そんな言葉がつい出てしまうのかもしれない。


でも時間は確実に流れていて

「いってらっしゃい」と見送った父が以前よりも

少し老いて小さくなっていた。


それを見て私は、もう戻れない何かを感じずにはいられなかった。


ただ前だけを向いて進んでいけば良かった自分。

そんな自分もいつの間にかいなくなりつつあるのかもしれない。