この身体は魂(プルシャ)の現在のただの器なので
執着はご法度です
しかし形は自分にも、周りからも目に見えやすく、比べやすく
差分認識で記憶を構築する脳の特性もあり
自分の顔、身体のコンプレックスは
古今東西多くの人の意識に 悩みとして上りやすいです
人だけではありませんね
インコも鮭も猿も、自分を大きく見せたり
カラフルに見せたりします
毎日お化粧する私も例に漏れないわけですが
最近もっと悩ましかった事があります
それは 声
自分の声を録音して聞くと
なんかイメージと違って
ゾワゾワするというか、正気を保って聴いてられない![]()
わかります?
しかし 慣れだ、と人はいうので
試しにAir Pods耳に突っ込んで
毎日毎日来る日も来る日も
録音した自分の声を
ノイキャンして没入して隙間時間フルで聴き続けましたら
あらフシギいつしか慣れ………
ない。
慣れない。
気のせいとかじゃない。
やっぱりゾワゾワする。
というのがあり、目標の実行を妨げてました
「YOUTUBEに動画を上げたい」
という 今の時代、割と月並みな目標を立てていて
イメトレはしつくしたものの
どうにもこうにも気が乗ってこない
声質なんてそんなに大事なとこじゃないよ!中身よ中身!
と自分に言い聞かせるのですが
どっこい いや、いずれやるが 今日じゃない
キリっ
などと自分へのエールを躱す毎日
私にとっては臭いものにフタ、開かずの扉、高すぎる敷居 になっていました
さて 話は変わりますが
先日姿勢について興味深い話を聴きました。
若い時は反り腰とかスウェイバックとか 色々細分化されてるが
最終的に高齢者になった時は大体集約されて行く形がある
こんな感じ
よく見ますよね
胸も腰も丸くなって股関節と膝は常に曲がって
固まる
こうなるとそもそも視界が下がるので顎を上げて前を見ようとする
で、です
ちょっと試しに同じように過度に前屈みになって顎を上げて
「じいさんや」
と言ってみてください
正確にはフレーズは何でも構いません
すると 何ということでしょう
見事にしわがれ声が再現するじゃないですか!
老人特有の、プロレスラーのようなあの声は
声帯が劣化するからというより
単純に顎上がりすぎ過ぎのせいだったんですね!
という事が判明したのです
先日歌手活動されてる方とその話をした際
「それボイトレの先生も同じこと言ってました」
とおっしゃるのを聞いた時、私はハッとしました。
その日、家に帰るや否やスマホを手に取りボイスレコーダーアプリを立ち上げた私は
詰み筋を確信した羽生善治さんの一手のように
暴れる指をなんとか押さえ
録音ボタンを押したのです
まずは1本目いつもの感じで手近な本の一節を読み上げ
そして顎を引いて姿勢正して2本目 同じものを読み上げて収録……
再生してみると結果は歴然でした
1本目をいつものようにゾワゾワしながら聴いたあと
2本目を聴くと、あらフシギ その声はどこか落ち着いていて、すっきりとして音程が安定して聴こえました
こ れ だ ![]()
臭いもののフタを開放 開かずの扉は指一本で開かれ
高すぎる敷居はまたいでみたら意外と低い 説
私は次の瞬間 秒で気になっていたピンマイクをポチったのです
動画アップロードに一歩近づいたのでした![]()
まぁ実際のとこ 他人が気づくほど違わないんでしょうけど
コンプレックスは
よく使えば思慮深さを与えてくれるギフト
行き過ぎるとただの重い手錠
しかし角度を変えてみれば 誰も頼んでないのに
自分から両手を粛々と差し出し
かけられに行っているようなものです
他人が囚われているのを見ると
そんなに気にしなくても…と思う事はあっても
自分が囚われている状態であることは
意外と解らないもの
また話は変わりますが(ついてきて下さる方がいるのを祈ります)
最近もっぱら話題の人、成田 悠輔さんとひろゆきさんがホストの
対談番組をよく見るのですが、ゲストに乙武さんを呼んだ回があり
障がいという言葉が持ち合わせる虚構さを
とてもとても理解りやすく話されていて面白かったです
以下の問にみなさんも一緒に考えてみてください
Q1 四肢がない乙武さんは
障がいをもっていると言えるか?
→私:本も売れてお金もあって喋れてモテて、その身体をも活かして無双して、社会課題に貢献して多くの人に感謝され、ハッピーそうな乙武さんを? でも不便そうだし障がいなのかなぁ?
Q2 では腕が一本だけ ない 人は
障がいをもっていると言えるか?
→私:重心バランスから見ると
将来左腰とか左肩甲骨に疼痛出そう 障がいかも
Q3 なら小指が一本 ない 人は
障がいをもっていると言えるか?
→一般的な答え:このあたりから意見が分かれるそうです
Q4 じゃあ腕が4本ある人は
障がいをもっていると言えるか?
→私:…むむっ(悩) それは千手観音を障がい扱いするようなもんだしなー
はっ としませんか?
障がい を機能面で測ってたつもりが
手が増えて優位性が上がったとて
他人と比べてどのくらい違うか を
いつのまにか 障がい の物差しに置き変えてること
自分に絡みついている鎖は
意外とぶっといなーと感じる今日このごろ
でもこれは人間の本能も関係してくるので
外すのはかんたんではありません
自分の思考回路とか 常識とか
こうしなきゃ ああでなきゃ あれがなきゃ
を作らないように
常に疑いを持ち 俯瞰できるようにしたいものです
途中 着地点を見失い
また長々と書いてしまいました
お付き合い頂けた方には
心から感謝します

