「へべれけ!コンバット」の、さらなる青春大群像として。時代があーだとか、経済がこーだとか、ちぢこまっていては、いけないなあ。別に説教じみたことを述べたりするつもりはないけれど、皆さんの知らない、ああ、こういうスゴイ人もいたんだなあとか、ああ、こんな生き方もあるんだなあ、とか、そんなことを、これからの新しいブログの企画の中で、楽しく面白くご紹介していきたいと思います。(クオ)…………→
野球は弱いが、女と酒には強かった。3勝12敗7放棄(され)試合。これが早稲田ブリッツの通算成績である。だが、成績の悪さは学業で慣れっこの選手たちは、相手チームの女子マネを飲みに誘うスピードにかけては他の追随を許さなかった。写真の「マルタ酒場」は、われらのもうひとつの心の故郷である。
ゲームをぶち壊し続けた日々。自己本位な選手たちは、誰もがマウンドに立ちたがり、そのたびに試合をぶち壊した。ストライクどころかボールすら投げ込めない(みーんな暴投)のだから、1回の途中で怒って帰ってしまった相手チームも少なくない。
「弾丸」という名のチームではあったが。魚のぶりは筆者の好物でもあるが、この野球チーム名の「BULLET」は「弾丸」の意味である。ところが、名前倒れとはこのことか。自己本位な選手たちが「無鉄砲なチームカラー」をさらすのに、さして時間はかからなかった。
そういえば、1970年代の後半。都の西北に「草野球界のホエールズ」と後ろ指をさされ続けたろくでなしのチームが存在した。その名は「ぶりっつ」。正しくは「吉祥寺ユミコと早稲田ブリッツ」と呼ぶのだが、先ほどから「ぶり」「ぶり」と騒がしいのは、さてはこの「ぶりっつ」のことか。