翌日、事故を目撃したという男が現れた。石田という学生で、黒のレザージャケットに
ジーンズという格好だった。髪の一部を茶色に染めている。
陣内と金沢は、交通課の隅の机で男から話を聞いた。
「12時ちょっと前だったかな、あの道を走ってたんです。そしたら偶然、見ちゃったわけ
で・・・。目の前でしょ、びっくりしちゃいましたよ」
石田はガムを噛みながらいった。
「あの道っていうのは、どの道かな?」
陣内は道路地図を出し、石田の前で広げた。石田は顎を突き出すようにして眺めると、
「ここ」といって一本の道路を指した。花屋通りと交差している道だ。
「ここをどういうふうに?」と陣内は聞いた。
「こっちからこっち」
爪の伸びた指で石田は示した。それによると、友野の車とは逆の方向から来て、正反対に
走り去ったということになる。
「じゃあ事故現場の横を通ったわけですか?
」
「そうそう」と石田は何度も首を縦に動かした。
「しかし」と陣内は相手の目を見た。「事故直後にそういう車が走り去ったのを見た人は
いないんですがね?」
すると石田は、ふんと鼻から息を出した。
「皆、忘れてるんだよ。それとも事故車に気を取られてたか」
陣内は横目で金沢をうかがった。金沢は小さく一度だけうなずいた。
「それで見たことを詳しく聞かせてください」
「だから俺が走ってて、前の信号が青だったわけ。それで行こうとしたら、右から急に黄色
の車が突っ込んできたんですよ。俺は距離もあったしブレーキが間に合ったんだけど、
向かいから来た外車はぶつかっちゃったってわけ」
石田は自分の手を車に見立てて説明した。
「なるほど」と陣内はうなずいた。「要するに黄色の車のほうが信号無視をしたというわけですね」
ふうん、と彼はボールペンで机をたたきながら、
「なぜ今頃、知らせる気になったんですか?」
と聞いてみた。石田は薄笑いを浮かべた。
「厄介ごとに巻き込まれたくなかったんですよ。褒美がもらえるわけじゃないしさ。だけど
やっぱ、俺の証言でだれかが助かるかも知れないと思うと、教えた方がいいのかなと思ってね。
で、来たってわけ」
「それはよい心変わりでしたね」
「だろ?俺の証言でどっちが助かるのかは知らないけどさ、助かったほうから小遣いぐらい
は欲しいぜ。・・・それじゃ、これで」
立ち上がりかけた石田の服の袖を陣内はつかんだ。何だよ、と石田は顔色を変えた。
「もうちょっと詳しく話してほしいんですよ」
「これ以上しゃべることなんてないよ」
「そんなことはない。肝心なのはこれからですよ。まずは、どうしてあんな時間にあの道を
走っていたのか・・・そこから説明してくれますか?」
石田の供述は、大体筋が通っていた。あの道を走っていた理由は、バイト先の経営者
の使いで隣町まで行った帰りだったらしい。車はその経営者のもので、車種は
クラウン。使い先を出た時刻も妥当だし、その間の道程に関する話にも不自然さはなかった。
しかし陣内は、この程度のことで全面的に信用する気はない。石田という人間の印象から
すると、目撃したからと言って、わざわざ名乗り出るようなタイプではないのだ。友野側の
サクラである可能性は大いにある。
「あなたが確かに、その時間その現場にいたという証拠でもあれば、非常にいいんですけど
ね」
口調を変えていったみた。すると石田は鼻の穴を膨らませて、以外にも、「あるよ」
と答えた。陣内は少なからず驚いた。
「どういう証拠ですか?」
「そのあとすぐ店に電話したんだと。自動車電話でね。見たい番組をビデオに録画してくれ
っていう要件。そのついでに、たった今すごい事故を見たんだってマスターに言ったんです
よ。マスターに聞いてもらえばわかると思うけど」
「それは何時ごろですか?」
「ええっと、そうだな」
石田は頭をかきながら考える顔をしていたが、ぱちんと指を鳴らした。
「そうだ、別に考えることないんだ。12時ちょっと前ですよ。だってさ、12時からの
番組を録画してもらおうと思ったんだから」
「ふうん、12時ちょっと前ねえ」
陣内は石田を見た。どことなく爬虫類を思わせる顔立ちで、蛇のような笑いを作って
いた。
石田を帰してから、陣内はすぐに彼が働いている喫茶店に電話をかけた。荻原という
マスターは、石田のいっていることを全面的に認めた。電話のかかってきたのが12時少し前
だという点も認めた。
「その時、録画したビデオも残ってますよ。なんならお持ちいたしましょうか?」
荻原は余裕ある口ぶりで言った。そんなビデオ見ても仕方がないと思ったが、一応
持ってきてくださいと答えた。
「どう思いますか?」
陣内は金沢に相談した。
「信用できんな」というのが、主任の感想だった。「いかにも練ってきたという感じ
だった。不自然な割に、当事者しか知らないようなことも知っている。どこかで友野和雄と
つながってそうだな」
「同感ですね」
だいたい信号関係の事故で、2、3日してから現れる目撃者というのは怪しいのだ。
どちらかに頼まれて偽証しているケースがほとんどだ。ひどい時になると、双方からニセの目撃者が
現れたりする。
「とにかく、石田の言葉の裏付けをもう少し取ろう。グルなら根回しをしとるだろうが、
どこかで必ずボロが出るものだからな。場合によっては応援を頼んでもいい」
「わかりました。でもすぐに見抜いて見せますよ」
陣内は電話機を引き寄せた。だが受話器を上げる前に、金沢の方を向いていった。
「あの、石田の話を彼女に聞かせたらどうでしょう?」
「彼女?」金沢は眉を上げた。
「御厨菜穂です。本当に石田が事故直後に通過したのなら、何か覚えているかもしれませ
ん」
「しかし、自分たちに不利なことは言わないんじゃないか?」
「石田がどう証言したかは伏せておくんです。そうすれば、自分たちに不利なのかどうかも
わからないはずです」
「なるほどな」
金沢はしばらく考え込んだ後、「よし、やってみよう。ダメで元もとだ。」と、気合を
こめていった。
が、実はだめではなかったのだ。
つづく