第1回大陸会議は【1774】年に【フィラデルフィア】で開催されました。革命以前は植民地ごと別々に植民地議会を持っているに過ぎなかったため、【1773】年の【ボストン茶会事件】から始まったボストン(マサチュセッツ植民地)と本国議会との関係悪化に対して、13植民地人がどのような態度を取るべきかを相談する場として、1774年に第1回大陸会議が必要になったわけです。【ボストン港を閉鎖】するという本国議会の強硬な姿勢に対して、大陸会議は本国との通商関係を断ち切ろうと決定しました。つまり、本国の商人とはとは商取引をしないよ、ということです。これを【通商断絶同盟】を結成したといいます。
 【1775】年マサチュセッツ民兵隊がボストン市の【レキシントン】という町で本国からきていた部隊と小競り合いになり、さらに【コンコート】でも軍事衝突が起きてしまいました。このため、13植民地人は第2回大陸会議を開催。このマサチュセッツで起きた軍事衝突をどうするかについて議論され、最終的に【ワシントン】を総司令官とする【大陸軍】の創設が決定しました。つまり、独立戦争を行うということが決まったわけです。
 この大陸会議は独立戦争中のアメリカ側の臨時政府の役割を担っていたといえます。