誕生月は

毎年必ず良くないことが起こる


今年は特には今の所何も兆しは見えないが

精神的にはすこーし

なんてゆーか

すこーしボヤッとしている


何が大事か

定期的に思い出すようにしないと

ボヤッとする


時に人は

何かに期待して

それ故に

失望する


心を閉ざすのは

もう簡単だ


だけど

それは

何にもならないってのは

もう知ってて


でも

傷付いてもイイから突っ走るってのは

もう出来なくて


何かしら理由を模索して

自分の呼吸がしやすいように

受け身に生きてる


なんだか

つまんないヤツになっちゃったな

って

思うから


もう一度

考えてみるよ


1から
12月も25日を迎えているよ。

今年は何年だ?


2013年。


上京したのが

2003年11月。

10年超えました。

なんだかんだで

まだこの世界で生きてます。


今年は色々あったなぁと思ってね

毎年恒例の

今年のまとめ。

このBlogも一年に一回くらいしか更新しなくなったようで

イイ事  だと  思う。


今年はやる事が劇的に変わった年だったな。

楽しい、苦しい、嬉しい、ツラい。

割合的にいうと

7・1・1・1


楽しい

圧勝。


そんな私も来年で33歳。

今年は厄年。

親は還暦。


考える事が若い頃よりも増えてはいるが

質が変わったかな。


このBlogだって

振り返ってみれば


結構~中2www


年配の人が若い子の言う事を

浅いなぁとか思ったりして

聞く耳持たない気持ちが最近わかる様になってきた。


でもね。

年齢が若かろうが

そんとき考えてる事は

本人にとっては

一生懸命で

真剣なのですよ。


それも知ってるから


わたしは

イイ大人になれそうな気がする。



わたしは



「迷い」は

多分無い。


しかし

それぞれで

考える事はある


遠くから見ると

はっきり分かる事の方が沢山あるんだけど。


昔表に出せなかった

「自分のやりたい事」



今更出してなんになる

とも思ってる。


人生は色んな捉え方があって

それはそれはほんっとに人それぞれで

結局は

自分が良しとすれば良し

みたいなとこあるけど


ココは日本で

日本人だから

それを堂々と出来なかったりする訳で


だから

海外に行こうと思ってます。


もう

私としての

切れない太い糸は既にあるから

それは

ちょっとやそっとじゃ切れないから


今現在、縁があって大事に思えてきた

糸が

ほつれかけるまでは

これを

やって行きたいと思っているよ。


ほつれず

太くなったら

尚イイけど。


何が起こるか分からないのは

この32年で

身に染みてるから

寒いと色々かんがえるね。

今日は寝れない。

今年ももうすぐ終わるので

そろそろちょこちょこまとめとか

やっていこうかな


今年は31になりました。

歳をじわじわ感じてます。


単に、肌や肉体。

あと

脳みそ。

気付けてる分、有能ということで。


何か、大人になるにつれ皆が張ってる

ATフィールドという名の心の壁

ある程度の歳を重ねると、少しづつ張るのをヤメ

代わりに

固まりかけの何かに覆われていく様な気がしてます。

自分を出しつつも受け入れ難い みたいな。

いかんよ~

そんなんはいらんよ~

そろそろ走るんじゃい

固まってたまるか!


おちる時期突入。


お久しぶりです。


ブログ更新。


毎年

てか一定のペースで、何ヶ月間に一度は


ふかーーーーく考える時期が来る。



議題はいつも同じで


答えもいつも同じ。


これを何度も何度も繰り返してる。



進歩に非ず。


毎回、違った答えを期待しつつ


ひたすら考え


毎回、同じ所に行き着いて



自分どんだけ無駄に生きてんだよ!とか


偉そうなツッコミをいれつつ


未だに、生きています。


そして


今は


少しだけ幸せ。



そんな自分が


今はキライだ。


自分だけ幸せなのは


なんだか、歯痒い。


人の幸せなんて、何処に焦点が在るのかすらわかんないけど


自分が

誰かの


幸せ要因で在るといいな。


言ってる事、烏滸がましいんだが

他人を幸せにしたいとか


なかなか思えることじゃないよね。


この気持ちは



大事にしよう。


君は今


幸せですか?



気が付くと、こんなにも時間が過ぎていた。

一緒に走ってきた色んな仲間達は、みんなそれぞれの可能性を見極め、進む道を定めたようだ。

初めましてとサヨウナラを繰り返し、今、新たな可能性を微かに見つけた。

スキルと仕組みを学んだ上で、現在にあのがむしゃらさを呼び戻そうと四苦八苦中。

出来そうだ。

何振り構わなきゃ何でも出来る。

ご縁の無かった人達に心の中でお礼を告げて、ご縁のあった人達は自分の財産ということで

前を向こうと思う。

必要な言葉は、「頼むよ」と「アリガトウ」だけでいい。

目黒川沿いをバイクで走った。


桜が咲いていた。


目黒川の桜を見たら、去年を思い出した。


 

良い事も悪い事も。



一つ綻びを見つけては、補って。


完全に元には戻らずとも、誤魔化して。


そんな事を、繰り返して、繰り返して


繰り返して。



また、桜の季節が来た。



桜といえば、春らしい事があった。



初仕事。



作家志望の自分の曲の初採用。



コンペで採用されたのは初めてだったので


嬉しくてしょうがなかった。




ようやく、一歩踏み出せたようだ。




それと併用して、久しぶりに心が傷む事もあったけど



とりあえず思い知ったので



これからを考えて、考え直して


生きていこうと思う。



とりあえず、力不足は痛感したから



貯金と勉強。



あと、心の成長。




あと、




まぁ、いろんな事。





兎にも角にも、



私は幸せです。




人は、人によって傷つけられるけど



人によって救われる事もあるから。




私はせめて、人を傷つけずに生きて行きたい。




落ち着いたら、花見にでも行こうと思う。



今年の桜は、きっと27年間で



最も美しく、この目に映るんだろう。




そして



自分が咲き誇る日に向けて



力を蓄えようと思う。








今日は昼寝をした。



夢を見た。



極上に豪華なパーティー会場で


登場人物が沢山いて、みんな顔見知りの人たちばかりで


全ての人が、酔っ払っていた。


何故だか、あたしだけしらふ。



絡まれて、絡まれて、絡まれて、


みんな絡んでくるんだが


人によってあたしの対応が違った。



空気の様に無視してやった人。


そのまま流した人。


そのまま喧嘩を買った人。


水をぶっ掛けてやった人。


「はいはい」と言いながらキスした人。


「出て行け」と怒鳴りつけた人。



なんなんだろう。


変な夢。



そして、電話で目が覚めた。


変な気分がふっとんだ。


心地のイイ目覚めだった。



では、部屋でも片します。


三国志とワンピースに手を付けないように。


今年は


「思った事は口にする」一年にしよう。




思った。



てか



思ってた。




今日は雪が降った。



初雪。



気持ちが良かったので



無理なことは止めようと思った。



だから



今年も



口に出すことは



考えてから口に出す一年にしようと思う。




例年通り。




それでいーもんね。

江原さん著書の「スピリチュアルブック」が何処かにいきました。



どこ!


どこなの?



モチベーション的に


今、江原さんを欲してます。



普段は要らないけどね。


なんとなくね。



江原さんと言えば


前彼との破局は、江原さんきっかけだったな。



すっげぇ今は結果オーライだけど


当時はなんか


「あーー踊らされてしまったー」


とか思ったな。



でもねぇ。


江原さん。イイ事言うのです。



江原さんに習う事。



「マイナス事は口に出さない」



はい。



誰かに気分を害されたら。


「イライラさせてくれて、ありがとう」


誰かに親切にされたら


「感謝します」



悪いことがあったら、ありがとう。


イイ事があったら、感謝します。



これ。



江原方式。


がんばるのです。



今日、白バイに捕獲されたので


思い出したのです。



罰金だよ!


減点だよ!


ホントに!!



ありがとうだよ!!



白バイさん。


朝から嫌な気分にさせて下さって


お金まで徴収して下さって


どうもありがとう!



うし!

2008年。


良いです。


まだ2日くらいだけど。


なんだかイイ気がする。



今年はまさに「出師の表」って感じで行きます。



スイシノヒョウ。


孔明が北伐前に劉禅に宛てたヤツ。



多分、「出陣声明」ってな意味だと思う。



確実と博打の境界線上の綱渡り。


そんな気持ちで書いたらしい。



確実な平定ってなヌルイのよりは


今年一年は、こうであろうと思う。


あたしにしては珍しい考え。


紙一重の位置で無茶します。



乱気ですがね。



まぁしかし、一つ一つは大事にしていこうとも思ってるので


考え抜いた上での無茶。


要は、覚悟・勇気・根性・優しさ。そして臆病さ。


これらを重要視し併せ持つこと。



あたしは孔明の出師の表には、


この5点をひしひしと感じるのだ。



やったろうじゃないか。




出師の表   諸葛亮孔明

今、天下三分し、益州疲弊す。

先帝、創業いまだ半ばならざるに、中道にして崩ソす。

これ、誠に危急存亡の秋なり。

然れども待衛の臣内に怠らず、忠志の死、外に身を忘るるは、蓋し先帝の殊遇を追いて、これを陛下に報いんと欲すればなり。

誠によろしく聖聴を開張し、もって先帝の遺徳を輝かし、志士の気を恢弘にすべし。

よろしく妄りにみずからヒ薄して、喩を引き義を失い、もって忠間の路をふせぐべからず。

宮中府中、倶に一体となり、ゾウ否を捗罰して、よろしく異同すべからず。

もし、汝を作し科を犯し、及び忠然をなす者あらば、よろしく有司に付し、その刑賞を論じて、もって陛下平明の治を昭らかにすべし。

よろしく編私して、内外をして法を異にせしむべからず。

侍中・侍郎郭攸之・費偉・董允等、これみな良実にして、志慮忠純なり。

ここをもって先帝簡抜してもって陛下に遺せり。

愚おもえらく、宮中の事は、事大小となく、ことごとくもってこれに諮し、然る後施行せば、必ずよくケツ漏を碑補し、公益するところあらん。

将軍向寵は、性行淑均、軍事に暁暢して、昔日に試用せらる。

先帝、これを称して能と曰う。

ここをもって衆議寵をあげて督となす。

愚おもえらく、営中の事は、事大小となく、ことごとくもってこれに諮せば、必ずよく行陣をして和睦し、優劣ところを得せしめん。

賢臣を親しみ、小人を遠ざくるは、これ、先漢の興隆するゆえんなり。

小人を親しみ、賢臣を遠ざくるは、これ後漢の傾タイするゆえんなり。

先帝在せし時、毎に臣とこの事を論じ、いまだかつて桓・霊に嘆息痛恨せざるんばあらざりき。

侍中・尚書・参軍、これことごとく貞亮死節の臣なり。

願わくば陛下これを親しみこれを信ぜば、すなわち漢室の隆、日を計りて待つべし。

臣はもと布衣、躬ら南陽に耕す。

いやしくも性命を乱世に全うして、聞達を諸侯に求めず。

先帝、臣が卑ヒなるをもってせず、猥りにみずからオウ屈して、三たび臣を草廬の中に顧みて、臣も諮るに当世の事をもってす。

これに由って感激して、遂に先帝に許すに駆馳をもってす。

後、傾覆に値い、任を敗軍の際に受け、命を危難の間に奉ず。

爾来二十有一年なり。

先帝、臣が謹慎を知れり。

故に崩ずるに臨みて臣に寄するに大事をもってせり。

命を受けて以来、夙夜憂歎し、付託の効あらずして、もって先帝の明を傷らんことを恐る。

故に五月濾を渡り、深く不毛に入る。

今、南方すでに定まり、甲兵すでに足る。

まさに三軍を奨率して、北、中原を定むべし。

庶わくは駑純を竭くし、姦凶を壌除し、漢室を興復して、旧都に帰さんことを。

これ臣の先帝に報じて陛下に忠なるゆえんの職分なり。

損益を斟酌し、進んで忠言を尽くすに至っては、すなわち攸之、偉、允の任なり。

願わくは陛下、臣に託するに討賊興復の効をもってせよ。

効あらざれば、すなわち臣の罪を治め、もって先帝の霊に告げよ。

もし徳を興すの言なくんば、すなわち、攸之、偉、允等の慢を責めて、もってその咎を彰わせ。

陛下もまたよろしくみずから謀りて、もって善道を諮諏し、雅言を察納して、深く先帝の遺詔を追うべし。

臣、恩を受けて感激に勝えず。今まさに遠く離るべし。表に臨んで涕零して、言うところを知らず。



臣下の諸葛亮が申し上げます。
先帝の劉備様が漢王朝復興の大業のまだ半分も成し遂げられぬまま途中でお亡くなりになりました。
今、天下は魏、呉、蜀の三国に分かれ、わが益州(蜀)は疲れ切っております。
これは国が続くか滅びるかのせっぱつまった大事なときです。

しかしながら、お側でお仕えする臣下は宮中で懸命につとめ、忠義の武士がわが身を忘れて戦っておりますのは、劉備様のご恩を忘れず、劉禅様にお報いしようとしてるのだと思われます。
ですから、広く臣下の言葉をお聞きになり、そして劉備様が残された徳を明らかにし、志のある者がますます大きな志を持てるようになさるべきです。
劉禅様ご自身、自分は徳が少ないからなどと例えを引き合い出して、忠義の心からの諌めを塞いではいけません。
宮中と政府はともに一体なのですから、善き者の登用や悪しき者罰することに異同があってはなりません。もし悪い事をし、罪を犯したもの、忠義で、善い事をした者は、必ず役所で賞罰を議論し、劉禅様の政治が公平であることを明らかにすべきです。
個人の感情で宮中と政府とで法の運用が異なってはいけません。
宮中の郭攸之、費イ、董允らは皆、良実で忠義で純粋な者たちです。

それゆえ劉備様は選抜して劉禅様に残されたのです。

私が思いますに、宮中の事については事の大小を問わず全て彼らに相談し、その後施行なされば、必ず欠点や手落ちを補って広く天下に益するでしょう。
将軍の向寵は性格が公平で善良、軍事に精通し、昔、彼を試したところ、劉備様は才能があると評価しました。

それゆえ、衆議一決して彼を長官としました。

私が思いますに、軍事のことは大小を問わず全て彼に相談なされば必ず将兵達もなかむつまじく、優れた者も、劣った者も適所に配置されるでしょう。
賢人に親しみ小人を遠ざけたので前漢は興隆したのです。小人を親しみ賢人を遠ざけたので後漢は傾き崩れました。

劉備様がご生存の時、私とこのことを話し合うたびに桓帝と霊帝について痛恨の嘆息をつかれていました。侍中の郭攸之、費イ、董允、尚書の陳震、長史の長裔、参軍の蒋エンはみな貞節で誠あり節義に死ぬことができる者達です。
劉禅様、彼らを親しみ信じてください。

そうなされば、漢王朝復興も日を数えて待つことができましょう。
私は、もと平民で、南陽で農耕をし、乱世を生き延びられればよいと思い、出世など考えてもいませんでした。

劉備様は私が卑しい者だということも問題にせず、自ら身を屈め、三度も私のために草庵を訪ねて下さり、私に、世の中をどうするべきかを問いました。
私は、このことに感激し、劉備様のために奔走して働くことを承知しました。

その後長坂で敗れ、危難の際呉へ赴き孫権と連合しました。

それから21年にもなりました。
劉備様は、私が慎み深い人間であることをよくご存じでした。

ですから、お亡くなりの際、私に国の運営を委託されました。

命を受けてから朝から夜まで功績が上がらないことに劉備様の明を傷つけはしまいかと心配し続けていました。
ですから建興3年5月、瀘水を渡り南蛮の地へ入りました。

今、南方が平定し、兵士や武器類も整いました。

まさに三軍をくりだし、北の中原(魏の国)を平定すべきときです。
なんとか私の力を尽くして魏の悪人たち(曹氏)を払い除き、漢王朝を復興し、旧都の長安、洛陽を回復したいと存じます。

これが劉備様にお報いし、劉禅様に忠義を尽くす職分でございます。
政治において損得を考え、進み出て忠言を申すことは、郭攸之、費イ、董允の任務です。
どうか劉禅様、私に賊を討ち漢王朝復興の大任をお命じ下さい。

功績が無ければ、私の罪をただして劉備様の霊にお告げ下さい。

もし、政治で郭攸之、費イ、董允らが劉禅様の徳を盛んにする進言ができなかった場合は、その怠慢を明らかにし、お責めください。
劉禅様ご自身も良い政治について臣下に諮問され、正しい言葉を聞き分けてお聞き入れになり、劉備様のご遺言を思い出してお務めください。

私は、ご恩を受けて感激にたえません。
今まさに国を離れ北伐を行うべきです。
この上奏文を書くにあたり、涙ばかり出てきて何を申し上げてよいかわからなくなってしまいました。