このやるせない気持ちを、どこかに吐き出したい。

それだけだった。本当に、それだけだった。


“それ”がいつから始まったのかは分からない。

けれど、はっきりと記憶に引っかかっているのは、中学生の頃だ。


それまでの私は、何も考えずに笑っていた。

良く言えば元気で、悪く言えば空気の読めない子ども。

世界は単純で、言葉はそのままの意味を持っていた。


けれど中学に上がった頃から、“それ”は静かに私の脳内に住みついた。

目に見えない虫のように、じわじわと。


人の裏側ばかりが見えるようになった。

笑顔の奥にあるかもしれない悪意。

何気ない一言の裏に潜んでいるかもしれない嘲り。

本当は存在しないかもしれない影を、私は自分で濃く塗りつぶしていった。


誰かが私に向けた言葉は、脳内で勝手に形を変える。

優しさも、冗談も、励ましも、

すべて負の感情に変換されて、私の中に積み上がっていく。


そうして出来上がったのが、「私」だった。


自分が何を考えているのか、自分でも分からない。

頭の中は常に混線していて、

朝も夜も、“それ”が途切れることはなかった。


説明しようとすると、言葉が崩れる。

形がない。輪郭がない。

だから誰にも伝えられない。

伝えられないから、余計に孤立していく。


高校生になるまで、それは続いた。


人の気持ちを考えて、考えて、考え続けた。

傷つけないように。嫌われないように。

正解を探し続けて、結局いつも空回りしていた。


振り返れば、「私」の優しさは偽善だったのかもしれない。

誰かのためじゃない。

ただ、自分が傷つかないため。

嫌われないための保身。


“良い人”になろうと必死だっただけだ。


本当の私は、どこにいたのだろう。

あの頃の私は、誰のために笑っていたのだろう。