あるチャットボットを開発しているエンジニアさんに面白い話を聞いた。日本、中国、アメリカ向けのチャットボットを作るときに一番難しいのはアメリカ向けとのこと。というのも、中国向けのチャットボットは禁句を政府が決めるのでそれを言わないようにプログラムすればいい。日本人はマジョリティーの価値観があって、それに従って当たり障りのない返答をするようにプログラムする。さて、アメリカはというと、考え方や価値観が皆違うので、アメリカの“一般的”なチャットボットに絞り込むのが大変だそうです。大量のアメリカ人のツイートで学習させたら、とんでもない多重人格になるのでしょう。 

 

アメリカに10年以上いるが、差別されたことはたくさんある。英語のスキル向上が遅かったせいもあるかもだけど(笑)、テネシーいた時にランチで白人のネタにされたこともある。最後に”You are not funny anymore!”って、言われて仲間外れにされた。おそらくその時はつらかったのかもしれない。覚えてないけど。でも、今ならまぁそんなもんだろ、って、笑い飛ばせる。Saturday Night Liveとかで、アジア人の笑いネタとかを聞いても、大爆笑するし!“ティファニーで朝食を”のユニオシは日本人差別だと思うけど、そういう風に見られていたんだなと憤りを感じることもない。今では日本人の自虐ネタで白人やインド人を笑わす実績あります!! 

 

アメリカでは自分はマイノリティー。日本人の親の子供だから、黄色い肌で黒い髪で体もそんなに大きくなくて、醤油くさくて(わかんないけど)。でも、だからと言って、テレビ局に電話して、アジア人差別だ!なんて抗議はしない。今回LGBTの抗議の記事を見て、少し不思議だったのが、LGBTの子供が差別を受けるみたいな内容があったこと。どういう意図なんだろう。逆にああいう抗議をすることでLGBTは腫物なんだっていう、意識を植え付けるのではないかな。 自分にもLGBTの友達いるし、音楽/アートやっている人は結構多い。別にそれを気にしたことないし。彼らも多分あんまり気にしていない。LGBTは特別なんだから、もっと慎重に扱って!と言わんばかりの抗議は、これから日本で何も喋れなくなりそうで怖い。 

 

本当に必要なのは、マイノリティーに対する偏見を悪として、皆の価値観を統一することでなく、一人一人が他の人と違うことを特別と思わないことだと思う。差別を受けても、憤らずに“ハイハイ”って、受け流す心の強さを社会が後押しできないのかな。だって、みんな違うんだし。差別する奴はするんだし。憤りを感じるのは自由、好きなだけ怒るべき!デモもいい!きっと悩んでいる人が自分は一人ではない、って思えるから。 

 

ただし、被害者意識を前面に出して大衆メディアに抗議することがマイノリティーに対する差別への解決方法だとはどうしても思えない。特に考え方が一方向に偏りがちな国では。

 

http://news.nicovideo.jp/watch/nw2995898