『文明は伝達である』
村上春樹の言葉ですひらめき電球
私はこの定義に非常に共感します!

例えば、TVで誰も知らない小さな喫茶店が取り上げられたとしましょう。
その瞬間から、その喫茶店は人々の中に存在し始めます!
TVの伝達によって存在したのです!
つまり、人間が伝達する術を失った瞬間から、世界中の全てが存在しえない。
ということです!

例え、お腹が減っても、お腹減ったというジェスチャーも表情もコトノハも禁じられたら、私のお腹がすいているという事実は存在しないも同然です?

なるほど、いくら好きでも、好きであることをどんな形にしても伝達しなくちゃ『好き』は存在しないも同然なんだなしょぼんひらめき電球
伝達しなくちゃゼロ!
もしそのうち一つ、言葉を失ったら?
表情とジェスチャーだけでかなしさを伝えてみると、単に『かなしい』だけは伝わるかもしれないけど、『断腸の思い』なのか、『虚無感』なのか、機微たるところまでは伝えられません。
そう考えると、日本人が尊んできた『言葉』はどんなに便利なんでしょうか?
これが乏しいということは世界を狭めていることって言っても過言ではない。
ということで書店の街、神保町で慣れない本を購入しました。
これから、コトノハレパートリーを沢山増やしたいです!