子供が鼻水を垂らしています。

 

子供の潜在意識が親の気を引く為に体調を崩す現実を創造したのでしょうか?

 

この頃、体調が優れません。

 

親心と致しましては、何だか息子のご期待に添えて無いようで少し申し訳ない気持ちが沸いてきます。

 

しかし親も人です。完璧ではございません。

今までで、今この瞬間が最も完璧な状態に、あるかもしれませんが。

 

何より息子よ。

これは私達夫婦を両親として選んで、この世に誕生した全ては君の自己責任です。

 

全ては自分が創造した世界です。

私は、これからも引き続き出来る限りの「親の務め」っていう行為を堪能させて頂きますが果たして、それが君のご期待に沿うものかどうかは、こちらとしても初めての経験ですし疑問が残るところです。

 

私は今、君に「教育」という名のトラウマを絶賛(?)植え付け中ではございますが私が後悔する事はございません。

 

何故なら全ての人は「今」が人生の中で最も経験が豊富で

「今」が一番これからの人生に於いて最も若い瞬間だからです。

 

ですから今の判断、決断に間違いはあり得ません。

これは過去に於いても、今でも、これからの未来に於いても時空を超えて間違いが存在する事は、あり得ません。

 

どうぞ、あなたの人生、私が与えたトラウマを糧として思う存分、楽しまれて頂けますと父は嬉しく思います。

 

人は幸せになる為に生まれました。

この世に生誕したという事実は喜び以外の何モノでもありません。

 

どうか今の咳、鼻水タイムを思う存分ご堪能下さい。

 

開運の扉は自己責任に気付く事で開かれると父は信じております。

 

開運の扉は自分の運命を信じる事で開かれると父は信じております。

 

あなたの顕在意識は、今まで生命を持続した事実をこれからも存続させるように、あなたの身や人生を全力で守るために大きな変化を避けようと、大きく変化を与えそうな現象に対して、実に巧妙で上手に反対意見を投げかけたりして、あなたの身を守ろうとする事でしょう。

 

しかし、大きく変化する時は大変でしょうけど自己責任で自分の運命を信じてみるのも、なかなか面白いものです。

 

案外、多くの人が面白く感じられているようです。

 

イイじゃないですか。一生に一度くらい。

 

きっと、あなたの運命は、あなたが思っているほど、ちっぽけなものではありません。

 

どうぞ存分に、ご開運して人生を多いに愉しんで生きていただけましたら嬉しく思います。

 

 

私は約9年前にお医者さんから説明を受けました。

 

その説明の中で何度も何度も

「明日、4〇ぬかもしれない」

「言う事を聞かないと命に関わる」と言われました。

 

しかし私は

「たとえ明日、4〇んだとしても誰を責める事もなく今を元気で生きる事」を宣言して説明用紙に署名しました。

 

そして今も生きております。

どうやら私の運命は、私の想像を超えるものだったようです。

 

「医学を信じるな」と言っているのではありません。

「学問を信じるな」と言っているのではありません。

 

自分以外の人を通じて外部から得た情報を盲目的に鵜呑みにして、自らの運命を他人に握らせて惑ったり悩んだりする事無く、自分の目と、今ある目の前の現実のありのままを認めて生きる事を心掛けて父は生きております。

 

お医者さんから説明を受けた直後は自分で自分に同情しました。

 

自分が可哀そうでした。

「可哀そうに。明日はこの世にいないかも知れないんだね」って。

 

でも2~3日後には

「よくよく考えたら、告知を受ける前から4〇んでても不思議じゃない状態だったのに未だに生きているんだから、ずっと毎日花火当たり花火を引き続けているようなものだから、むしろラッキー続きで俺って間違いなく運がイイよな!」

という思考に切り替わっちゃってましたが。

 

それからの私は

「どうせ明日いないかも知れないんだから」

を前提として行動するようになりました。

 

「どうせ明日いないかも知れないんだから、今まで諦めていた事で、今、出来る事を自分に経験させてあげよう」

と、過去に諦めた事を思い出して経験させてあげました。

 

そして「あ、橋の下にゴミが散らかっている。拾っちゃおうかな。どうせ明日いないかも知れないんだから」とゴミ拾いをしてみたり。

 

明日も生きるのが当たり前と思っていた時は自意識過剰で、田舎で世間が狭いから

「他人の目には、どう映るのか、どう思われるか」と、他人の視線が気になってゴミ拾い等は気恥ずかしい行為の一つでした。

 

しかし「どうせ明日いないかも知れないんだから」

の一言は、それまでの私の既成概念や勘違いを、ことごとく打ち砕いてくれました。

 

「どうせ明日いないかも知れないんだから持ち物を綺麗に処分しておこう」と

冬季のホームレス支援団体が運営するアパートに持ち物のほぼ全てを寄付したり。

 

結果的に、これはほぼ全捨離となり開運の扉を開く潤滑油となってくれました。

全捨離は「大王さま」こと桜庭露樹先生が提唱する開運方法の一つでもあります。

 

「どうせ明日いないかも知れないんだから」を前提に考えて過ごしますと、それまで無駄に恐れていたモノが怖くなくなりましてメンタルが強化されてました。

 

はじめのうちは、明日か?明後日か?来週か?

 

一か月経ったら、今月中か?来月までもてば御の字か。

 

半年経ったか…そろそろか?

 

あれ?ひょっとしたら年内いけるか?

 

そうこう考えているうちに気付けば早9年。3000日が過ぎました。

 

その間に、ご縁に恵まれ、家を貰って、仕事に恵まれ、何だか不思議な力を使わせて頂いて、嫁さんに恵まれ、君を授かって。

 

 

どうもありがとう