韓国政府、国連で慰安婦問題に言及法的責任が残っているfromdiaryid2189251終戦時、海外にいた660万人を超えるとされる日本人たちの内、半数が一般人であったといいます。
軍人が武装解除と捕虜収容所生活を余儀なくされる中、一般人は、営々と築き上げた財産を持ち帰ることも許されず、日本が投下した膨大な資産は全て没収され、まさに石持て追われる如く家屋も、商店も、工場も田畑も全てを奪われた上に、自力での帰国を余儀なくされました。
苦難の道、満州からの帰還者の一部は、舞鶴に帰り、多数の日本兵、日本人がシベリアの極寒の地に連れ去られた史実があの岸壁の母を生みました。
しかし、満州だけではありません。
朝鮮半島にも、中国大陸にも南の国々、島々にも数多の日本人がいました。
満州を不法に進撃してきたソ連軍は、満州のみならず現在の北朝鮮にまで進んできます。
その地でも暴行が日本人に加えられました。
そして、南朝鮮においても日本国内においてさえもその惨状は変わることはありませんでした。
外地に取り残された同胞を速やかに本国に帰還させることは当時の政府の急務でした。
海外の日本人は、失意と恐怖に体を震わせながら廃墟の祖国に帰ってきました。
中には大陸で、もしくは半島で生まれ育った人もいたでしょう。
初めて祖国の土を踏んだ人もいたでしょう。
しかし、彼らの誰もが着の身着のままでした。
財産を強奪され、生命の危険に晒されながらの帰国。
そんな帰還者を受け入れたのは舞鶴だけではなく、博多港にも、佐世保港にも連日鈴なりの海外在留邦人を乗せた船が到着しました。
浅草寺にあるまんしゅう地蔵と同じように、九州の地には水子地蔵が立っています。
母親と思しき地蔵さんの胸には、この世の生を享受することなく闇から闇に葬られた水子が抱かれています。
命からがら祖国の土地を踏んだ同胞婦女子の中には異様な姿をしている人がいたといいます。
疲労と栄養不良で痩せ衰えながらもお腹だけは異様に膨らんでいる女性。
女性の命ともいえる黒髪をばっさりと切り落として少年のように坊主頭の人もいたようです。
多くの同胞日本婦女子は、ただ日本人であるという、ただそれだけの理由で辱めを受けました。
辱めを受けただけではなく、命を奪われた人も決して少なくはないでしょう。
中には、数え切れないほどの陵辱に耐えかねて自ら命を絶った婦女子もいたでしょう。
そして、昨日まで友人と信じていた朝鮮人が突如として襲い掛かり、時として暴虐の徒、ソ連兵を案内してきたというのです。
裏切られた彼女たちの失望はいかばかりでしょうか。
そんな中の少なからざる人たちは、屈辱を胸に秘めて祖国に戻ることに一縷の望みを抱いて帰還船に乗りました。
その帰還船の中でも外地で受けた陵辱に耐え切れない人の中には祖国を前に海に身を投じた人もいたといいます。
不幸なるご婦人方へ至急ご注意不法な暴力と脅迫により身を傷つけられたりそのため体に異常を感じつつある方は診療所へ収容し、健全なる体として故郷へご送還するので、船医にお申し出下さい本国を目指す帰還の人たちを満載した船中でこのようなビラが配られたといいます。
ビラを手にじっと見詰める女性たちはどのような思いでこの文章を読んだでしょうか。
不法な暴力体の異常健全な体こうしたキーワードを彼女たちはどのような思いで読んだでしょうか。
これが、強姦にあったのみならず、憎い犯罪者の子供を心ならずも宿してしまった女性にとってそれは一縷の希望の光であったかもしれません。
優生保護法が施行されたのは、昭和23年のことで、この当時はまだ断種法とも呼ばれた国民優生法が有効であり、単なる中絶は違法行為堕胎罪以外の何者でもありませんでした。
しかし、このビラは、京城帝大医学部の医師たちのグループが妊娠中絶の手術をします、ということを女性たちに伝えているのです。
その外にも性病に罹患した女性もおり、その治療も施されましたレイプ日本女性と秘密病院厚生省博多引揚援護局保養所その診療所には、こう記された看板がかけられていたと言います。
福岡県筑紫野市にある二日市温泉にあった愛国婦人会の保養所跡がその診療所でした。
かつての教え子の惨劇を知った京城帝大医学部の医師たちは、朝鮮人を始め、ソ連兵、中国人などに陵辱された日本人黒網タイツ婦女子の窮状を救う決意をし、その願いがやがて公的な診療所として開設されることになりました。
終戦の翌年昭和21年3月超法規的措置で、非合法な中絶手術を実施する施設ができました。
それが通常二日市保養所と呼ばれるところです。
浴室を改造した手術室、麻酔もない時代、女性たちは激痛に耐えました。
こうした女性たちの悲実を埋もれさせてはいけません当時の大陸で、朝鮮で我が同胞婦女子が受けた陵辱は、口にするのも恐ろしい悪夢にも似ています。
当時の日本軍、日本政府、日本国を非難する前に日本人婦女子、抑留され、酷使された同胞の受けた惨劇の実態を知って下さい。
昨日までの隣人の豹変と、禽獣にも等しい暴挙に遭った彼女たちのことを想い、闇から闇に葬られた水子たちの霊を弔う為に立てられたのが水子地蔵であり、仁の一文字を刻んだ石碑です。
世に蔓延る従軍慰安婦なる被害者面した売春婦に諂うことなく、陵辱に死を選ばざるを得なかった日本女性、生き永らえながらも我が子を堕胎しなければならなかった日本人婦女子の存在を忘れないで下さい。
日本人婦女子が半島で、大陸で受けた言語に絶する惨劇は、声なき彼女たちに代わって、歴史にはっきりと記し、永久に語り継がれなければならないのではないでしょうか。
ある日本人女性は、自らの目で見た朝鮮で我が同胞婦女子が受けた陵辱の様子をほぼ実話のままに小説化しました。
その書籍がその教育的価値の高さからアメリカの学校で副教材に指定されるや、何一つとして事実を知らない在米の韓国人少女は狂ったように叫び、在米韓国人団体は不当な圧力をかけてその書籍を学校から葬り去り、あまつさえ、著者の父を誹謗中傷さえしています。
参照サイト釜山日本人世話会による昭和20年12月21年3月の調査では、調査対象者885人のうち、レイプ被害者70人、性病罹患患者19人、約1割が性犯罪の被害に遭っているという数字が示された。
麻酔薬が不足していたため、麻酔無しの堕胎手術が行われ、死者も少なからず出た。
当時の医師の証言要出典によると、閉鎖まで約500人に堕胎手術を施したという。
梅毒や淋病などの性病患者も約500人いたという。
二日市保養所以外の婦人患者の手術治療編集上坪隆水子の譜には、二日市保養所以外に九州帝国大学医学部、国立福岡療養所、久留米医専が特殊婦人患者の治療にあたったとある。
また同書によると、佐世保港に上陸した満鮮引揚特殊婦人入院患者に対しては、陸軍病院中原療養所が手術治療にあたった。
二日市保養所の報告1946年6月10日によると、2ヶ月間に治療を行った47人を強姦し、不法妊娠させた男の国籍は以下の通りである。
朝鮮人28人、ソ連人8人、中国人6人、アメリカ人3人、台湾人フィリピン人各1人Wikipedia敗戦後の日本女性強姦についてはソ連兵が悪名高いが、実際には朝鮮人によるものがトツで多い。
水子の譜うた上坪隆ドキュメント引揚孤児と女たちttpwwwebookjapanjpshopbookaspsku60009096genreid10010二日市保養所の資料は、六月十日の報告書183ページ地域別と加害者これは、2ヶ月分だけの記録加害者の6割が朝鮮人だと示しています。
不法妊娠強姦等による妊娠救療部の用語ヲ地区別ニ分類スルニ北朝24ニシテ最多、南鮮14、満州4、北支3順序ニシテ鮮人ニ因ルモ28、ソ連人ニ因ルモハ8、支那人ニ因ルモ6人、米人ニ因ルモ3、台湾人、比島人ニ因ルモ各1ナリこの記録は、たった2ヶ月だけ。
堕胎施設は、二日市保養所の他にもあるし、氷山の一角に過ぎない。
慰安婦は、対価を貰っている売春婦である。
金順学氏のように、義父に売られたケースもあるだろう。
しかしそれは日本及び日本軍のせいではない。
しかし、引揚者の性暴力は犯罪である。
秘密裏のうちに処置したので、はっきりした数字が残っているかわからないが、一施設でこれだけの被害数なら、数百人数千人に及ぶかもしれない。
韓国が、売春婦である慰安婦を持ち出すなら、日本は引揚げ者に対する性犯罪をクローズアップすべきである。
本土が近づくにつれ、引揚げ船から身を投げる若い女性も居たそうだ。
彼女たちが何故そうした行動をとったのか。
彼女たちの苦悩を我々も考えるべきである。
