秘密エンド 情熱編
家康の御殿に引っ越してから、しばらく経った頃
私は御殿の台所で、訪れた政宗の指導の元、料理にいそしんでいた。
「塩、これくらいで足りるかな?」
政宗「もうちょっと減らせ。香辛料をぶち込む分、塩は少なめにしろ」
「なるほど、ちょっとメモするから待って」
政宗「『めも』って何だ?」
「あ、ええっと・・・帳面に記すってことだよ」
(塩加減、難しいから、ちゃんと覚えておかないと)
(レシピの習得まで、道のりは長そうだな)
政宗「おい、まだか?」
(わ・・・・・・っ)
横から覗き込まれ、心臓が飛び跳ねた。
「政宗、近い・・・・・・っ
政宗「お前の気のせいだ」」
にやりと笑って、政宗が私の鼻先を指でつつく。
政宗「この程度で動じるんなら、幸先は明るいな」
「何の話?」
政宗「欲しいものは、人のもんでもかっさらう主義なんだ」
(曇りない瞳で、何てこと言うの・・・・・・)
「冗談はほどほどにしてください」
政宗から離れて、まな板を置いた台へと戻る。
政宗「冗談で済ますかどうかは、お前次第だろ」
「家康との愛の巣に、こうして男を連れ込んでるんだからな」
「あのね、変な言い方は・・・・・・」
反論した時、ガラッと戸が開く音が響いた。
家康「・・・・・・人んちの台所で何の話してるんですか、政宗さん」
「あ、家康、お帰り! 今日は早かったんだね」
顔を見た途端、反射的に笑みがこぼれて、家康に駆け寄った。
家康「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
(あれ? なんか、不機嫌・・・・・・)
家康「何やってるのか知らないけど、あんまり台所散らかさないでよね」
「え? あ、はい・・・・・・」
家康は寿恵男締めて、スタスタと行ってしまった。
(行っちゃった・・・・・・)
しょんぼりして政宗のそばに戻ると・・・・・・
政宗「あいつ、完全に誤解してたな」
「誤解?」
政宗「もしくは、嫉妬だ」
「なんで・・・?」
政宗「っ・・・・・・お前、本当に家康に惚れぬいてるんだな」
私を見下ろし、政宗が豪快に笑い出した。
「ちょっと、何で笑うの」
政宗「家康に言ったか? あいつの口に合う料理を習得するために、俺に習うってこと」
「ううん。言ってない。びっくりさせようと思って」
政宗「今頃、あいつ悶々としてると思うぞ。俺とお前の仲が気になって」
(ええっ?)
「政宗の冗談を聞いて、本気にしたってこと? さすがに、それはないと思うよ・・・」
政宗「どうして言い切れる」
「だって、政宗は本気で誰かが悲しむことする人じゃないでしょ」
政宗「・・・・・・」
(付き合いの短い私でも、それくらいはわかるよ)
「政宗と仲が良い家康が、分からないわけないと思うけど」
政宗「・・・・・・お前は、鈍いようで鋭いな」
まじまじと私を見つめた後、政宗が楽しそうに笑った。
政宗「冗談を本気にしたくなってきた」
(っ・・・・・・この人はもう!)
「いいから続き教えてください、先生!」
政宗「口づけ一回でどうだ?」
「お礼なら、羽織を今度仕立てるから!」
政宗「お、それも良いな」
ワイワイ騒ぎながら、政宗の料理教室は何とか再開された。
包丁を握って、レシピを作りながら、少しだけ心配が残る。
(家康、まさか・・・・・・)
(本当に気にしてたりは、しないよね・・・・・・? うーん・・・・・・)
考え込みながらも、私は政宗にみっちり料理を教わった。
メモが沢山溜まる頃、『また何時でも呼べ』と笑って、政宗は帰って行った。
・・・・・・
やがて陽が落ちた頃、私は家康の部屋に足を運んだ。
「家康、夕餉の支度してもいい?」
(あれ、寝てる・・・・・・?)
文机に書簡を広げたまま、家康は頬杖ついて、目をつむっている。
(疲れてるのかな・・・・・・。文机に向かったまま寝ちゃうなんて珍しい)
向かい側に座り、起きるのを待つことにする。
(まつ毛、長いな・・・・・・)
(明るいところで、寝顔をまじまじ見るの、初めてかも)
眠っているのに眉間に皺が寄っていて、それもなんだか、愛おしい。
引き寄せられるように、私は眉間にキスをした。
「あーあ・・・・・・ほんとに、大好き」
思わずぽつりと呟いた時・・・・・・
家康「・・・・・・・・・・・・っ」
(あ、あれ!?)
家康が目を開いて、ため息をついて私を睨んだ。
家康「あんたに寝こみを遅い趣味があるなんて、知らなかったんだけど」
「起きてたの!?」
家康「・・・・・・まあ」
「いつから・・・っ」
家康「『まつ毛長いな』くらいから」
(わりと初めからだ! というか、私、口に出して言ってたんだ・・・っ)
「タヌキ寝入りなんて、ずるいよ・・・!」
家康「・・・・・・ずるくない。これは、ふて寝」
(フテ寝?)
家康「政宗さんと、何やってたの。俺に隠れてこそこそと」
じっと睨まれて、ようやく理解する。
(まさか、本当に焼きもち妬いてたの・・・・・・?)
(家康って、こんなふうに焼きもち妬くんだ・・・・・・)
むくれたような表情に、胸がぎゅっと詰まる。
家康「・・・・・・待って。なんであんた、嬉しそうな顔してんの」
「家康の焼きもちに、ちょっと感動して・・・・・・」
家康「はぁ・・・・・・?」
「・・・・・・あーもう」
文机に肘をついたまま、家康が自分の腕に頭を埋める。
(あれ、怒らせたかな・・・・・・)
「ごめん、配慮が足りなかったです」
家康「・・・・・・別に、アンタが浮気するとか、疑てたわけじゃない」
「台所の戸、開けた瞬間のアンタの顔みたら、すぐわかった」
「政宗さんも、にやにやしてたしね」
(あ、よかった・・・・・・)
家康「それにちょっと考えたら、あんたが何を企んで政宗さんと一緒にいたか、想像ついた」
(嘘・・・・・・っ)
「ばれちゃった・・・・・・?」
家康「ばれるよ、それは」
「言っとくけど俺は、あんたがつくるものだったら、辛くなくってもまずくても食べるよ」
(あ、本当に見透かされてる・・・・・・)
拍子抜けして、力が抜けた。
「・・・・・・だったらなんで、ふて寝してたの?」
そう訪ねると、家康が身体を起こして私を見据えた。
家康「あんたが俺から離れるなんて、今さら思わない」
「だけど・・・・・・」
「頭では分かってても、心は、しょうがないんだよ」
ため息交じりに告げ、家康が手を伸ばす。
(あ・・・・・・)
頬を優しく撫でられ、触れた場所から熱が広がる。
「家康、ごめん・・・・・・」
家康「え?」
「やっぱり、嬉しい・・・・・・」
家康「・・・・・・・・・・・・っ」
じわじわ顔が熱くなって、私は額を文机にくっつけた。
(こんなに焼きもち妬きだったなんて、初めて知った)
(どうしよう。知れば知るほど好きになる・・・・・・)
家康「何で顔隠すの」
「・・・・・・真っ赤だから」
家康「見せて」
「・・・・・・やだ」
家康「駄目」
「あ・・・・・・っ」
頬を両手で持ち上げられ、家康の顔が間近に迫った。
家康「・・・・・・ほんとに、真っ赤」
★「っ・・・・・・だから、そう言ったでしょ」
家康「うん。焼きもち妬いて損した」
笑みを溢して、家康がこつんと額を重ね合わせた。
(やっと、笑ってくれた・・・・・・)
嬉しくなって、笑みが溢れてくる。
家康「文机挟んで、何やってんだろうね、俺達」
「確かに、ほんとだね」
家康「触りにくい、このままだと」
家康が文机を押しのけ、私をすっと抱き寄せる。
向かい合わせに抱きしめられて、とくとくと鼓動が早まった。
(家康は・・・・・・こうして抱きしめるのが、好きだよね)
(私も、好きだな)
猫っ毛に指を埋めながら、家康を見つめる。
「・・・・・・焼きもち、嬉しいけど、今後は行動に気をつけます」
家康「・・・・・・うん。俺もふて寝せずに出来るだけ言う。・・・・・・俺意外見るなって」
(っ・・・・・・言う時は、直球なんだよね、家康って)
(すごく、嬉しいけど・・・・・・)
「前にも言ったけど、家康は、天邪鬼のままでいいよ」
「そういうところ、ほんとに好きだし・・・・・・」
「直そうと思っても、直らなさそう」
家康「・・・・・・確かにね」
「じゃ、俺の代は諦める」
(俺の代?)
家康「子供は、真っ直ぐ育てる」
「あんたに似れば、ひねくれないでしょ」
(私たちの、子供・・・・・・)
想像するだけで眩しくて、何度も目を瞬かせてしまった。
(家康は本当に、ずっと先まで私と一緒にいてくれるつもりなんだ)
(何気なく、こんな話が出来るって、凄いことだ・・・・・・)
幸せに満たされて、家康と微笑みあう。
「・・・・・・素直に育つかな。家康がひねくれ者なのは、筋金入りなんでしょ?」
家康「子供がひねくれたら、孫に賭ける」
「あ・・・・・・でも、あんたに似すぎたら、滅茶苦茶なおてんばになる可能性もあるな」
「ふふ。どっちでも、嬉しいけどね」
家康「・・・・・・そうだね」
(そんな未来がくるように・・・・・・)
(家康と生きぬこう。二人で一緒に)
家康の手が私の頭に回り、引き寄せられる。
唇が触れ合う直前、はっとする。
(あ、ごはん・・・!)
「家康、待って!」
家康「・・・・・・何で待たなきゃならないの」
「私は、そもそも夕餉の支度をしていいか聞きに来たの」
家康「もう作ってるの?」
「ううん、これから。政宗に教わった家康専用特別料理だから、期待していいよ」
家康「へえ、それは楽しみだな。だけど・・・・・・」
「その前に、こっちから食べる」
「ん・・・・・・っ」
ちゅ、と掠めるようにキスをして、家康が少し意地悪に笑った。
(っ・・・そんな笑顔みせられたら・・・)
夕餉の事も、覚えたレシピも、全部吹き飛んだ。
どくどく鼓動が騒いで、耳の先まで、熱い。
家康「断らせないよ。焼きもち妬かせた罰だからね」
「・・・罰にならないよ」
「私だって、家康のこと、好きなんだから」
家康「ふうん。じゃ、ますます、止める理由ないね」
「・・・・・・俺も、好きだよ」
小声で囁いて、家康が唇を重ねる。
(・・・・・・どうしよう)
(また、もっと、好きになった)
甘いキスに夢中になり、お互いしかもう、見えなくて・・・・私達が夕餉を食べ始めるのは、真夜中過ぎになりそうだった。