「先生、キャンプに行こう」夏休み直前のある日、クラスの子供たちからせがまれた私は、奥多摩の養沢キャンプ場というところに、子ども達を連れてでかけるはめに陥った。クラス全員参加。しかも、中学1年生。私はというと教師になって一年目。保護者会で説明すると、誰もが「先生、ありがとうございます」の声。決定。
教師っていいな。単純にそう思った。新規採用職員を対象とした、初任者研修もあるにはあったが、荒れた中学校で、1学年12クラスもある中学校であったため、学校から離れての出張などできるはずもなく、毎回欠席届を出していた。もっとも、私と同期の初任者が9人もいたので、全員が出張に出られたら、補講などやりくりできないに違いない。
なにはともあれ、私が社会科の新米教師として赴任した学校は、千葉県内で最も大きく一人一人の新米教師を指導し教育する余裕なんてない学校だった。加えて、昭和57年は生徒指導上の問題が日本中いたるところで発生し、少年院はシンナーを吸っているとかいうレベルの生徒では、入ることもできないくらいの荒廃ぶりであった。校舎内をバイクが走り、教室ではたばこが吸われ、シンナーを吸っている生徒がふらふらした足取りで教師と対峙している。空き教室に灯油がまかれ、火をつけられたこともあった。教職員は、どうしたものかと頭を抱え、連日職員会議で対策を協議。すると、職員室に爆竹が投げ込まれる。
そんな繰り返しの日々に、教師は疲れきっていた。毎日続く、非行の嵐。手のつけられない子ども達が多かったが、辛抱強く子ども達と接触しているうちに、子ども達のもつ裏の顔が見えてきた。仕事が一段落して、車の所まで行くと、私の愛車のドアがこじあけられ、6~7人の生徒が「おーい、江澤、ドライブ行くぞ」ということもあった。5人乗りだから違反なのだが、まあ、いいかということで、車に乗せると子ども達は、箱乗りをして大げさに騒ぎまくる。
今なら、懲戒処分間違いない。家出した女の子が二人で、「先生、今晩止めて」といい、我が家にきたこともあった。両親に理由を話し、一晩泊めたこともある。そんな子供達だったが、可愛かった。そして、愛情に飢えていた。誰一人、この子たちのことを考えていないと思うといてもたってもいられなかった。教師は教師という枠組みの中で、子供達を見ていた。教師として素晴らしい先生にもたくさん出会った。しかし、みな、教師だった。
奥多摩には、学校には内緒で行った。校長や教頭に相談したら、駄目というにきまっているからだ。ただ、今考えると、いくら、内緒で行ったとしてもばれていないはずはない。黙って行かせてくれたに違いない。当時の校長は、そんなことを気にも留めないようなおおらかな人物だった。もっとも、社会全体がそんなことを気にも留めない風潮があったのかもしれない。
バンガローはおんぼろで、雨が降って増水すると流されそうな場所にあった。たばこ屋まで7kmも歩かなくてはならないので、たばこを吸われる心配はない。安月給だったが、夜の食事はカレーを作った。コメは一人二合持ってくること。きまりはそれだけ。あとは、おれが出してやると言った都合上、カレー43人分の肉と玉ねぎ、人参、ジャガイモ、カレーのルーを買った。量は、子ども達が計算して買ってきた。(これが総合的な学習の時間というものだ)
夜の消灯時間はなし。眠くなったら、1,2,3,4号バンガローへ。起きていたいものは、5、6号バンガローへ。男女が、どうのこうのと心配はしていなかったが、基本的に偶数は、男子、奇数は女子と決めていた。夜になり、懐中電灯ひとつで、キャンプ場から1.5km離れた養沢鍾乳洞までの肝試し。崖から転落した子が出たり、鍾乳洞探検でヘルメットが外れて、頭から血を流す子がいたり、いろいろだった。
今の親が聞いたら、卒倒するかもしれない数々の体験は、部活動でも行われた。1月3日。夜9時に、千葉駅に集合。成田山新勝寺までの初詣で、陸上部の年明けが始まる。24kmを足が棒のようになるまで歩き、成田山へ到着。これも、無計画な企画。行きたくなったから行くというような、杜撰なもの。ただ、保護者は、協力してくれた。車で、深夜12時に、大量のおにぎりを用意して佐倉駅近くで待っていてくれた。トイレに寄り出発。犬が夜吠えると怖い。冬の夜歩くのは寒い。そして、夜空がきれい。息が白い。感動体験。
いよいよ、起業して約1か月。塾開業から3週間。のんびりしているうちにあっという間に時は過ぎゆき、今、大変に忙しい日々を送らせていただいています(=⌒▽⌒=)。
現職の教頭を52歳で辞めてから、いろいろなことがりましたが、はっぴいです。今日も、かわいい塾生が、学校で祇園精舎を一番に読めたと言って褒められたと喜んでかけてきました。学校でも後ろの成績だとかでつらい思いや悲しい思いをいっぱいしてきたんだろうなと、涙がでそうでした。
今の学校教育を批判するつもりはないです。学校は忙しすぎるから・・・。ただ、その忙しさゆえに、必死で勉強できなくなっている子供たちがたくさんいることは事実でかわいそうだなと思います。私は、教頭の雑務に追われ、起業しました。
でも、開塾して間もないのに、信じられない数の子供たちに囲まれています。幸せです。東大生と私による授業はおおむね好評。やんきーから、不登校、いじめから、お受験、優等生に部活第一。さまざまな子どもたちが、いろいろな塾をやめてQED教育アカデミーに通ってくれています。みんなありがとう。またあしたね。
うちは、塾だけやっているのではありませんです。大人のための大切な旅行もあっせんしています。日本一の細やかで豪華な旅行はQEDにお任せください。