頑固オヤジのブログ

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旅行会社と、イベント会社と学習塾を経営する社長さんのブログ

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学習塾を経営していて気付くことがある。
それは、幸せの尺度についてだ。
私達は何をもって幸せだと考えているのだろうか。年収1000万円を手にしたものは金銭的に幸せを手にしたと言って喜べるのだろうか。1000万円じゃ物足りないとなるのだろうか。

お金という極めて中途半端な価値を生み出す存在は、幸せの尺度としては成立しえないものだという事。幸せ・・・・。何をもって幸せを図ることができるのだろうか。

金銭でないとするならば、名誉だろうか。出世だろうか。それとも、物欲だろうか。女性にもてたいとかそういうことだろうか。どうもそんなことではないような気がする。

幸せとは、家族が元気で健康に生活している様子を持って幸せというのではないだろうか。そんな気がする。健康でない自分が言うから余計にそうかもしれないと感じるのかもしれないが、幸せは金ではない。間違いない。金を手に入れることではない。まして、もてることでなんかありえない。


しあわせとは普遍的な健康を維持できている自分と家族が恒常的に存在している事をいう。私はそう考えている。だから、しっかりとがんばって学んでいってほしい。学べ。たくさん、学べ。それが大切だ。

11月29日に癌が胸水に含まれていないということがわかり、完全に転移していないことが判明されたとつげられました。嬉しかったでする癌が去ったと告げられたから・・・。ただ、そのあと、転移していないかどうか確認するために、そり後、MRiを3回、CTスキャンを3回、アイソトープむを3回して、異常がないということがわかり、全身転移の可能性ゼロ、脳と骨への転移がないということが確認されました。本当にうれしかったです。医者から言われた言葉が、「今のところ、転移していない。癌は完全に体から消えて居る。もし今後、がんがあるとしたら新しい癌だからね」の言葉・・・。うれしかったです。

ただ、痛かったです。傷みは消える場合もあれば消えない事もあるという言葉・・・。あれは、痛かったです。正直なところ辛かったです。傷みは消えないかもしれないという言葉・・・。癌がないという嬉しい現実とともに聞こえてきた傷みは消えないかもしれないという現実。

さて、3月28日のアイソトープの検査の時、ついに、傷みで検査室でうえを向いて寝て居ると子ができないという事態に陥ってしまった。かわいそうなことだ。ここ10日間の間に慶應に行き、緩和医療をしっかりとうけ、自分なりにがんばってきた。これからもがんばっていこうと思っているるしっかりとやっていこう。

癌は治りました。3回続けて、がんの傾向が見られないということは安心できるということでした。よかった。私は癌に勝った。奇跡を起こした。続いて起こす奇跡は、この塾から東大生を出す夢。絶対に勝つぞ。今、東大に入れそうな子が何人かいる。その子たちを入れることができて塾として本物と言えるのかと思える。だから、奇跡を叶えるために頑張るから・・・。みんな頑張ろうね。戦おうね。

今、進路指導日本一の塾を作る。決めたぞ。
絶対この塾はいいぞ。
胸の痛みが苦しくて、病院の治療費が毎月20万円近くかかることが分かってきた今日この頃。痛さを乗り越えられないものかと本気で考えたています。MRIとアイソトープでかなりの痛みを感じつつ、痛みからくる死というものまで意識するようになってしまいました。

くっそー。と思いつつ、自ら、戦っています。そんななか慶應大学の脊髄のなかの隋液を黙って抜くという事件が大きく取りざたされました。みれば、事件は私の入院中の出来事。犯人と思われる先生は、私の執刀医。大変な眼いいでする日本でも肺癌の執刀医賭しては3本の指に入る名医。

たとえ、何があっても、頼まなければ私は死んでいたはず。弱い立場の患者は死にたくないから、脊髄くらいくれてやるよと言う気持ちになっていたんだと思います。


今は、そのことがいけないこととわかりますが・・・。当時の私の意志は、肺癌から救われたい。死にたくないという気持ちがすごく強かったと思います。


絶対に助かりたいんだ。死にたくないんだ。

今は、痛みから脱出したい気持ちでいっぱいです。脱出するから・・・。みんな心配するな。
今の私の状況は、酸素が不足して息苦しく床をのたうちまわる自分。ゲロが出そうで出しまくっている自分。本当に悲しいです。そして、胸、肩、腕のしびれを伴った激痛。泣いてやるぞ。みたいな感じです。

頑張ります。子供たちに、「大丈夫だよ」「センセ絶対に生き帰るからな」と言ってあげたい気持ちでいっぱいです。

みなさん。本当にありがとう。私は頑張り抜きますから・・・。ありがとう。

絶対に生き帰りますから。頑張るから。愛しています。では、またね。
多くの小学生中学生が、中学校、高等学校に進学していく。卒業した子供の大半は、そうやって、進学していく中で、喜びを掴み元気に成長していく。今ね町にあふれている卒業した子供たちは何を考えて町で遊んでいるのだろう。

遊べ。大いに遊べ。遊んで遊んで遊びまくれ。この塾に天才と呼ばれる子はたくさんいた。みんな、天才ゆえに素晴らしい進路を歩んでいくのだろう。

先日書いた、論文。

中学校3年生の書く論文ではないと私は思った。中学校3年生か゜エアコンの可否について、ヒートアイランド現象から思い浮かぶ内容で書いている姿を見て、大学入試を想定させすぎたかなと考えるくらい厳しい、論文を学ばせてしまった。


いいのだ。うちの塾は、どんどん学びの彷彿線に沿って戦っていける道を進んでいくのだ。頑張っていこう。東大に行こうる絶対に行こうるあはらめずに行こう。

おととい、中大杉並の男の子がやってきて、入塾したい。と言ってやってきた。東工大に入学したい。明確な意思を持っての進路。素晴らしい意思決定の方程式を持っていたる言葉の因数分解と私は呼んでいるが、すべて完全にマスターしていた。

教えてあげたい。

入塾を直ぐに許可してあげたい。ただ、高校生が意外と集まり始めてきてきつくなってきた。

東邦、市川、中大杉並、県立船橋、ICU、県立千葉、こんな子たちが集まっている塾。

合格させてあげたいよおーーー!!でないと恥ずかしいでしょう。
私は、肺癌から助かりました。
痛みからの解放とまでは言っていませんが、肺癌と言う世にも恐ろしい病からは救われました。
この塾に通う多くのお子様を預けてくださった親御さんからそれこそ、私に命を下さるかのような温かいお言葉やお気持ちをくださりながら、命の片りんを私にわけて下さいました。

そのことの感謝はたとえようがありません。
涙が止まらないのです。いつまでもいつまでもひきつけを伴った涙がずっと続くのです。感謝以外に私にすべきことが何かあるでしょうか。ありがとうございました。本当にありがとうございました。
みなさんには私に命を分けていただきました。感謝以外に何をすればいいでしょうか。ありがとうございました。

肺癌が治ったこと。信じられない喜びです。本当に信じられない喜びです。
私はねこの嬉しい気持ちをずっと抱えたまま、感謝の気持ちを持ち続けたまま、一生生きて行きます。ありがとうございました。