「あの人と、どこで知り合ったんだ?」

翌日、雲が、重く垂れ込めた朝、敬三は、そう切り出した。

「あの人って、佐竹さん?」

真由は、父に余計な心配をかけたくなくて予防線を張った。

玲美の結婚式の帰りに起きた偶然の出会いを、何気無く父に説明した。

そんな奇跡のような出会いが、あることに、敬三は、驚きを隠せなかった。

玲美さんの式は、3月だったはず。それから3ヶ月、家に来るまで親しく

なったのか・・

敬三は、昨日の衝撃を自分の中で、整理しようとしていた。

「ただの友人よ。 心配しないで・・」

真由は、席を立ち、今日の仕事の準備を始めた。


今朝の「繊研新聞」に記載されたことを受け、社では、全社員に向け朝礼で、

敬三から正式にネット販売のことが、発表された。

そして、8月初頭からのネット配信に向けて着々と準備が、進められていった。

5階の自宅の予備室を「ネット販売企画室」に充て、真由を中心とした

スタッフを、召集した。

店頭に並ぶ従来の商品との差別化を図るため、ネット用に秋冬もの20

アイテムの商品を至急、企画しなければ、ならなかった。

また、通常は、大垣工場に発注した製品は、東京の物流センターに送られ

そこから全国の百貨店、小売店へ発送されている。しかし、ネット注文では、

お客様により迅速に製品を送り届けることが、大事として、大垣工場の代表、

圭介の提案で、工場から直接、配送することになった。

そのためオリジナルのコンポや贈答用のパッケージングも企画、製作する

必要が、生じた。

あと一ヶ月半で、これらの作業を全て終わらせなくては、ならない。

真由は、多忙を極めていた。

折からの湿気の多い蒸し暑さ。

真由は、引きずるような身体のダルさを拭えずに日々、過ごしていた。

その日、豊は、朝からジムで、汗を流していた。

どんなに走っても、いくら筋トレしても、顔見知りに会って談笑していても

豊の心の霧は、晴れることは、なかった。

先日、初めて会った真由の父親の顔が、前にちらついていた。


こんな時、思い切って連絡すべきなのか・・避けても仕方が、無い・・

そう思った。

その夜、豊は、意を決して真由にメールをした。

メール:「今晩は。豊です。今、電話して大丈夫?」

その時、真由は、圭介と電話で、仕事の確認をしていた。

「真由ちゃん、大変だろうけど、無理しないで。自分が、出来る事が、

あれば、いつでも頼ってくれ・・」

圭介は、細身の真由を心配していた。真由のこなさなくてはならない

仕事は、半端な量では、ないと誰よりも分かっていたからだ。

「圭介さん、ありがとう。辛くなったら、そうさせて・・」

真由は、いつも優しい圭介の心使いに救われる想いだった。

電話を切るとPC画面を見ながら夕食代わりのパンをかじった。

ふと、携帯の点滅に気づいた。豊さん・・

「今晩は。どうしてた?」

豊のその低い声と、その言葉に、真由は、甘美な酔いを感じた。

「仕事してた。 豊さんは?」

「うん。ジムへ行ったり、事務所で、打ち合わせたり色々と・・

ところで、あの後、お父さん、何か言ってた?」

「いえ、別に・・何故?」

豊は、真由が、まだ知らずにいることに安堵した。

「なら、いいけど。それよりまた会える?DVDも返さないと・・」

多忙を極めている真由だったが、豊の言葉に胸躍らせた。

無理してでも豊に会いたい・・

そして美術展に行く約束をして、都合のいい日を真由が、連絡する

ことになった。

電話を切った豊・・・真由の父は、真由同様、自分を知らない?

でもあの時の驚嘆の目は? 知っていて何も言わずにいてくれた

のか?

「父と暮せば」を観た豊は、真由と父親の15年間を想った。

映画の中で、父、作造は、娘、美津江の幸せを願い敢えて伝える

言葉の意味。 

父親が、娘を想うどこかぎこちない愛情には、・・計り知れない

ものが、あると知った。

そしてあの時、真由が、一緒に映画を観なかったのは、単に料理の

支度だけでは、なかったのかもしれないと・・そう思った。


「真由、今朝、顔色が、いいな。」

週末、敬三は、遅めの朝食を採っていた。

「そう? 先日も言ったと思うけど、今日、お父さんが、外出中に友達が、

家に来ます。」

「誰だっけ?」

「以前、親切にしてくれた人よ。 それよりセミナー、終わってからの

パーティーで、飲みすぎないようにね・・」

「分かってる・・」

妻、美紀が、亡くなって今年で、16年になるが、今や真由の言葉は、美紀の

生き写しだ。 面影もそして料理の味付けも・・敬三は、何年経っても美紀が、

そこにいるように感じていた。

連日の雨空に遂に気象庁が、梅雨入り宣言をしたこの日、豊は、真由の会社

の1階に車を停めた。

休日のショールームは、明かりを落としひっそりとしている。

エレベーターで、5階に降りると、眼前にドアが、あり「廣田」の表札が、

見えた。


「ようこそ・・」

1ヶ月ぶりに逢う真由は、その長い髪をひとつに束ね、初めて見るスカート姿

で、笑みを浮かべていた。 豊は、緊張していた。

「こんにちは。 お邪魔します。」

久しぶりに見た豊は、髭を蓄え、精悍さを増して、男らしく真由の目に映った。

通された広いリビングルームは、白いロココ調のエレガントな外観と異なり

コンクリート打ちっぱなしの壁に、2人暮らしには、大きい黒いダイニング

テーブルと皮のソファーが、置かれたモダンなインテリアだった。

真由は、豊が、持参したカサブランカの花を花瓶に入れ、テーブルのセンター

レースの上に飾った。 リビングには、カサブランカの甘い芳香が、漂った。

「あと、これ・・」

「もみじ饅頭!」

「いつ、渡せるのか、分からなかったから、これにした。」

「ありがとう。 真空パックなんて、あるんですね。 後で、頂きましょう。」

「広島は、どうでしたか? いい写真、撮れましたか?」

「まあね。 お勧めの広島のお好み焼き、初めて食べたよ。」

真由は、豊の写真に興味が、あったが、豊の雰囲気から触れては、いけない

気が、してそれ以上は、あえて詮索しなかった。


真由が、コーヒーを入れている間、豊は、壁面の大きなサイド・ボードに目が、

行った。上には、たくさんの写真立てが、飾られていた。

「命名 繭」と書かれた紙の傍らには、頬が、膨らんだ色白の赤ちゃんの写真。

恥ずかしそうに側の女性のスカートの裾を摘んで立つ少女。

中学の入学式なのか? 両親に挟まれた制服姿、お下げ髪の少女。

どの写真も両親の愛情を一身に注がれて育った少女の笑顔だった。

そして、美しく儚げな女性の写真。

「母です。」

振り向くと真由が、テーブルに挽きたてのコーヒーを置いていた。

「中学入学式から1年後に子宮頸がんで、亡くなるなんて、思いもしなかった。」

「君に何処か、面影が、似てる・・」

でも、中学入学式、以降の写真は、飾られて無かった。


「この命名 繭って?」

「この会社を興した祖父が、初めて誕生した女子の孫、私に繊維の元の蚕

=`繭`という名をつけてくれたんです。 でも、漢字が、難し過ぎるって、父が,

同じ音の字を当てて・・」

「それで、今の真由・・」

豊は、サイド・ボード内に目を転じた。

「見ていい?」

「どうぞ・・でも古いものばかり・・CMが,入っているのもありますけど・・」

整理されたビデオ、DVDには、インデックスが、貼ってある。

「4月物語」 「シティ・オブ・エンジェル」 「マチルダ」 「ユー・ガット・メール」

「私物語」 「アイ・ラブ・エンジェル」 「パリで、かくれんぼ」 「フラデルフィア」

「ジョー・ブラックをよろしく」 「遠い空の向こうに」

「デンジャラスマインド/卒業の日まで」・・

「いい趣味してる・・セレクトが、渋い。宮崎アニメもある。」

豊は、「耳をすませば」と「平成狸合戦ぽんぽこ」を手に取った。

「見ます? `耳をすませば`は、特にお勧め。学校図書の貸し出しカードに

いつも先を越されるひとりの名前・・のところが、気持ち分かってキューンと

するの。」

「へぇ~。じゃ君も初恋は、同じシュテュエイション?」

「さあ?ご想像にお任せします。」

そう答えると真由は、お得意の茶目っ気のある笑顔を見せた。

「あ、これ見たくて、探していた映画!」

豊は、次に「父と暮せば」のDVDを手に取った。

今回、仕事の下調べで、気になっていた作品だったが、DVD化されておらず、

残念に思っていたものだ。深夜、映画放送されていたとは・・

「この映画、井上ひさしの脚本で、舞台化もされたんだよね・・観ていい?」

セットすると、オープニングのモノローグが、流れ真由は、キッチンに向かった。

「観ないの?」

「お昼の用意・・」

映画に真剣な眼差しを向けている豊の姿。 あれほど、逢いたくて胸焦がして

いたのに、こうしていると、とても落ち着けて、普通にしていられるのが、真由

には、不思議だった。


「父と暮せば」・・主人公の美津江(宮沢りえ)は、父、作造(原田芳雄)との

2人暮らし。 美津江は、明るく快活だが、心の奥では、原爆投下を生き残って

しまったことへの罪悪感があり、勤め先の図書館で、原爆資料を集める木下

(浅野忠信)から好意を寄せられているものの親密になれないでいる。

美津江の死者への申し訳なさという、心の闇のくだりは、その紗の掛かった

画面が、暗く語りかけていた。

とても重い内容だ・・ふと豊は、我に返ったようにキッチンへ視線を転じた。

そして、DVDのスイッチを切り、席を立った。

「何か、手伝う?」

「観ないの?」

「うん。 借りていいかな? 家で、ゆっくり観る。」

2人で、観る映画じゃなかった・・

「じゃ~玉ねぎを擂ってくれますか?」

真由は、首をかしげ、ちょっと甘えるような仕草を見せた。

「OK !」

「あ~目に染みる~。擂っても染みるんだぁ~」

「ア・ハハハ・・」 真由は、涙目の豊にタオルを渡しながら笑った。

「分かってて、俺に頼んだ?」

「丁度いいタイミングで、豊さんが、来てくれたから・・」

「こら!」

「ハハハ・・」

豊が、擂った玉ねぎは、ドレッシングに加えられた。

「出来た! テーブルに運んで・・」


魚介のマリネ、チーズ・リゾット、イカ墨のスパゲッティ、ヴェネツィア風サラダ、

スライスしたフランスパンに酢漬け野菜やサラミ、チーズを乗せたオードブル

「これは?」

「イタリアでは、ポピュラーなオードブル、`チケッティ`よ。」

「うぁ~上手そう・・」

「本当は、白ワインが、合うけど、車だから発砲水」

「もんじゃもウーロン茶で、我慢したけど、今日は、炭酸入りミネラル・

ウォーターで、我慢か・・」

「飲ませたら私も同罪だから・・」

「乾杯~」

「上手い! パスタ、湯で加減、最高!」

「良かった。いつも豊さんにご馳走になっているから・・」

どの料理も豊の舌を満足させた。

デザートは、形が、不揃いの苺と、もみじ饅頭・・

「6月に苺? でも甘くて上手いね。」

「行って見ますか?」

真由は、そう告げると人差し指を立てた。

「えっ・・?」

「上、屋上・・」


リビングから玄関を出て非常階段を登ると雲ひとつない原宿の空が、広がって

いる。 

「気持ちいい~」

屋上の南側には、たくさんのプランターが、段になって、並んでいた。

「今、育てているのは、プチトマトときゅうり、ナス、インゲン・・」

「すごいね~。 大変じゃない? あ、苺・・」

「自然に苗から育てると、普通は、4月下旬から5月上旬に収穫出来るの。

でも、苗植えが、遅くなってしまって、今になった。」

真由は、愛しそうに葉に触れていた。


「あの緑は?」

「明治公園。 柴犬を飼っていた時は、よく行ったけど、最近、行ってない。

そう言えば、豊さんのお家の近くにも大きな公園、ありますよね。」

「ああ・・駒沢公園ね。 あそこにトラックやハーフ・マラソンのコースが、

あって走るのにいいよ。」

二人は、梅雨の晴れ間、緑の空気を吸いながら、とりとめのない話をした。

真由は、手を伸ばせば届く距離にいる豊を想った。

一緒に同じ時を、過ごしている・・ただ、それだけで、満たされていた。


真由は、束ねた髪を解き、爽やかな初夏の風にその髪を預けた。

豊は、額に掛かる髪をそっと掻き分ける真由の横顔を見た。

綺麗だと、思った。

仕事柄、容姿の美しい人は、周囲に五萬と居る。

でも見せかけの美しさではなく、本当に美しい人は、地に足の就いた人、

自分をしっかりと持っている人だと・・そう思うのだった。


「ここは?」

階段の踊り場の近くにビニールハウスが、あり鮮やかなピンク色の蘭の

花が、見えている。

「父が、大切に育てている鉢植えなの・・」


「部屋に戻りましょうか?」

空気が、少し湿気を帯びて、急に薄暗くなってきた。

また、梅雨空になるのだろうか?


5階に降りてリビングで、以前飼っていた柴犬の写真を豊に見せて談笑して

いると、玄関から声が、聞こえて敬三が、現れた。

「ただいま~」

「お父さん、どうしたの? まだ、4時・・」

「いやぁ~。セミナーの途中から頭痛がして、我慢出来なくて、帰って来た。

身体もダルイし、風邪かもしれない・・」

その時、敬三は、真由の傍らにいる一人の男性の姿に気づき、声を失った。

真由から友人が、来ると、聞いてはいたが、まさか男性とは、思いも

しなかった。 それに、端正な顔立ち、憂いのある瞳、気品漂う、その男性に

見覚えが、あった。

「お父さん、紹介します。お友達の佐竹さん。」

「佐竹です。お邪魔しています。」

豊は、予想もしなかった、敬三の登場に戸惑っていたが、落ち着きを装った。

さ・た・け だって?

敬三は、頭の痛みと、この混乱で、今にも倒れそうになる自分と、戦っていた。

真由は、父と豊の間に流れる緊張感を取り直そうと声をかけた。

「豊さん、手伝って・・」

真由の手招きで、豊は、キッチンに入り、食器を洗い始めた。

「お父さん、大丈夫? 薬飲んで、ゆっくり休んで・・」

「うん、そうするよ。」

そう言うと敬三は、戸棚から薬を取り、キッチンに居る二人を見た。

「豊さん、これもお願い・・」

「はい、はい・・」


あんな幸せそうな笑顔の真由を見るのは、久しぶりな気が、した。

そして、あの男性に惹かれているのが、見てとれた。


服を着替え、寝室のベッドで、横になった。


真由は、知らないのか?

数年前、「人間の証明」を見ていた時、真由は、どうしていたんだ?

思い返せば、自分が、テレビを見ている傍らでは、真由が、洗濯物の

片付け、アイロンがけ、繕いものをしていた・・

ゆっくりテレビを見ている暇さえ、無かった。

今もずっと、忙しさに感けて、気使ってやれて無い・・

美紀の時もそうだった・・

自分が、そうさせてしまったのだ。

そっと、見守るしかない・・でもいつか、真由も本当のことを知る。

その時、真由は、どうなるんだ?

敬三は、真由の`たったひとつの恋`の行く末を案じた。


「じゃあ、これで失礼するね。」

豊は、洗い物を終えると、玄関に急いだ。

「お客さんに洗いもの頼んで、すみません。」

いや、真由の機転で、助かった。

「今日は、ご馳走様。 楽しかった。 また連絡するから・・」

真由は、足早に去る豊の後ろ姿を見送った。

外は、いつの間にか、暗闇に包まれ路面だけでなく、真由の胸の奥

まで、濡れるような雨が、降っていた。


こんな形で、知られたくなかった。

豊は、帰りの車中、真由の父の、自分を見る多くの人と同じ目を思い

出していた。 いつか真由に、自然な形で、自分から本当のことを

伝えようと決めていた。

彼女ならきっと軽く受け流してくれる・・多くの人が、そうなように

物見胡散で、自分に興味を持つ人では、ないと信じていたから・・

でも、お父さんから聞けば、その形は、崩れる。

彼女を傷つけてしまう。 豊は、心が、痛んだ。

そして、もう逢えないのでは、という不安が、過ぎった。

このまま、終わってしまうのか?

助手席に置かれた「父と暮せば」のDVDが、揺れていた。




















ああ

「 2010年 ・ ふたたびの街 ・広島 」

豊、主演の2時間スペシャル・ドラマ・・

雑誌社のルポライター「昌史」は、戦後65年の広島に今も残る戦争の傷跡を

探るという企画で、広島市郊外の老人介護施設を訪れる。

そこで、出会った余命幾ばくも無い一人の老女。

老女の家族から彼女が、今も大切にしている一枚のセピア色した写真を

見せられ探して欲しいと嘆願される。 20代と思われる若い青年の写真を辿り

同行したカメラマンと共に、その青年の所在探しに奔走するというストーリーだ。

そして徐々に判明する老女の半生と青年との悲しい運命・・

真夏、8月の設定ということで、豊は、撮影の合間にいつもダッシュをして、

額に汗をかいていた。 5月の広島は、天候に恵まれ撮影は、順調に進行した。


明日、東京に戻り、2日明けて、スタジオ撮影と音入れの仕事が、残っていたが、

無事、広島ロケが、終了した夜、スタッフ、キャスト全員で、中打ち上げをした。


シャワーを浴びた豊は、ひとりホテルのベッドで、台本を手に取り、寛いでいた。

誰にでもその人生には、様々なドラマが、ある・・

この仕事を通して思うことが、あった。

原爆、戦争といった途轍もないことでは、ないにしても・・

自分では、どうすることも出来ない不用意な出来事が、もしかしたら明日にも

自分の身に起こるかもしれない。 避けられない出来事に翻弄されてしまう・・

自分が、予想していた未来予想図や、敷いたレールなんて呆気なく崩れる。

今まで、ずっと用心していた、色々なこと・・考え過ぎて慎重になっていたかも

しれない。

後先考えずに気持ちの趣くまま感じたまま素直に心の声を聞いてみたい・・

締め付けられていたわけでも監視されているわけでもないのに・・

きっと自分で、自分自身を縛っていたのかもしれない・・と

胸に手をそっと、当てて目を閉じてみる・・

暫くすると心地よい眠気が、豊を包み、暗闇は、一転明るい空色に染まり

そこには、真由が、ふっと佇んでいた。


彼女と一緒に居ると周囲のことなんて気にならない。

何処へでも行ける気が、した。

真由を思う気持ちは、安らぎに近かった。

ただ、じっと同じもの、例えば雲とか、見ているだけで、安らげる気が、した。

しかし、いつも豊の前では、茶目っ気たっぷりな彼女の瞳の中に・・何故

だろう・・闇を感じるのは・・彼女の闇が、何なのか・・知りたいと思った。



メール:「今晩は。豊です。逢える?何処か行く?」


広島ロケから2週間、オールアップした少し蒸し暑い夜・・

ゆっくりと身体を休め、頭を真っ白にする、次の仕事までのこのインターバル

が、豊にとっては、大事な時間だった。


メール:「今晩は。豊さん、何処か行きたい所ありますか?」

メール:「今、ちょっと、思い浮かばないけど・・」

メール:「もし良かったら家で、お勧め映画でも観ませんか?もれなく

イタリアンのランチが、付いてきますが、どうですか?」

豊は、一瞬、怯んだ。家に行くには勇気が、必要だった。しかしそれ以上に

真由の何かに興味が、あった。

「いいねぇ。美味しいイタリアン。久しく食べてない。」

「美味しいか、どうかは、定かでは、ないけど、どうですか?」

「ご家族は?」

「今週末、父は、会合で、不在です。」

「でも、不在中に勝手に伺って、失礼じゃない?」

「父には、ちゃんと伝えておきますから大丈夫です。」

「なら・・了解!」


真由は、思い切って自宅に招く提案をしたが、快諾してくれた喜びを

隠せなかった。週末、家に来る。それだけで、逢えなかった1ヶ月の切ない

気持ちは、忘れ去られ、逢う日を待つ今この時は、真由の何にも変えがたい

至福の時に変わった。