http://www.ustream.tv/recorded/44218495
2014年2月25日(火)
16:00 - 17:00 座談会「エネルギー政策と日本の新しい夜明け」
モデレーター:トーマス・コーベリエル 自然エネルギー財団理事長
デヴィッド・スズキ デヴィッド・スズキ・ファンデーション代表
黒川 清 政策研究大学院大学アカデミックフェロー
神野 直彦 地方財政審議会会長
《文字起し 後半》
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
T:今、先生が仰ったことは、
まさに重要だったと思います。
デヴィッド・スズキ先生が仰った、
やはり市場というのは、
市場を考える際に、人は沢山あるマーケットの・・・
の一つに言及してると関連出来ると思います。
再生可能エネルギーは、まず、
持続可能であるためには、
再生可能エネルギーは持続可能な形で進められる・・・
ということで注意が必要だということを促して下さったと思います。
そして、仰ったことで最も重要なのは、
やはり地域社会の役割についての言及だと思います。
私どもは、マーケットの設計というのは、
大規模な集中型の原子炉、
そしてまた火力発電所によって構成されているものでした。
新しい技術があるということで、
再生可能エネルギーを
分散化されたシステムで構成することが可能になって参りました。
で、本日、デンマークの事例も聞きました。
彼らが如何にして、
再生可能エネルギーで50%、
そしてそのうち30%が風力発電であるということでした。
そして個人、そしてまた自治体が投資をし、
そうしてこういった様々な電力源というものが、
発電されてるということであります。
これが可能なのも、
こいった人達が、やはり民主的な経過を通じて、
様々な法規制を変えたりということで、
それを実現しているわけであります。
デンマーク、ヨーロッパ、そしてまた米国での展開、
近年で考えてみますと、
日本で大きな影響を及ぼしているですね、
日本におきましての法規制を見てみますと、
電力会社が、垂直統合の形をもっております。
そして新規の再生可能エネルギーの発電事業者が
やはり、この、送電線を介して、
マーケットアクセスが取れない形となっております。
何故そうなんでしょうか?
黒川先生、何か御説明頂けませんか?
黒:【同時通訳】
はい、これは書かれていることだと思います。
3.11の後、色々な出版物、良いものも悪いものも沢山出ました。
そしてまた、電力が独占的に発電され、
そして配電されてたということがあると思います。
やはりこの、モノポリー( 独占・専売)といことになりますと
いろいろ問題が出てくるわけです。
そしてこの、原価統括(総括原価方式)…
【同時通訳から黒川氏直に切り替わる】
未だこんなことやってんの?
政治の投票?天下り先?
産業界も皆、発注の値段は高い―皆知ってましたよ。
言わなかっただけでしょ!?
もっと言わなくちゃ!
だけど一般の人に知れったって、
やっぱり、メディアの責任もデカいよね?これは。
それは何でかって言うと、
記者クラブが未だあるとかさ、
やっぱ調査しないしさ、
所詮は日本の男ってのは、なんかサラリーマンと役人しか居ねぇのかな?
っていうような感じだよね?
もっとIndependent なプロフェッショナルな人がどれだけ居るか
ってことになるんじゃないですか?
たとえば!
福島の事故がどうなってるかって
世界中が皆興味持ってますよ。
concern(懸念?)があるわけね。
今、世界中で440基の nuclear plant があります。
70基造ってます。
で、もし何か起こったら
“日本どうしたの?”って、皆学びたくてしょうがないんですよ。
で、(日本に)訊いたら分かると思います?
じゃあ、2004年の12月にアチェの津波があったでしょ?
あれ、大きなプレートがズレたわけでしょ、
福島もそうだったじゃない?
あのアチェの津波の後の、あの後の数ヵ月後に、
翌年の3月か4月に8.6のマグニチュードの地震があったでしょ?
それで、2012年の3月にもまたあったでしょ?
8.6のマグニチュードの。
で、福島の後起こらないと思ってるわけ?
少なくとも10年から20年くらい見てなくちゃいけないじゃない。
そん時どうすんですか?
日本は地震大国だから、世界のマグニチュード5以上の地震は、
20%以上日本の近海で起こってるって皆知ってるでしょ?
繰り返し言ってなきゃ駄目じゃないですか。
それであそこの、何か来た時に、
あそこからスペントフュエル(使用済核燃料)が漏れ出したり、
水が漏れ出したらどうするの?
そういう可能性が無いと思ってるわけ?
じゃ、What If っての言ってますか?
(What if…? …したらどうなる?:どうします?)
あそこの人達に皆、 iodine(ヨウ素剤?)配ってるわけ?
“どういう時に飲め”って言ってるわけ?
それがまた「想定外」だって言いたいわけ?
何それ?皆何考えてるの?
それを反映するのが選挙であり、
貴方達の仕事であり、
ジャーナリストの仕事であり、
行政官の仕事じゃない?
何で行政官が終わると天下りなんていうの?
あの人達、自分達の上に居ると思ってるわけ?
そういうマインドセットがあるじゃない? みんな。
それを直さない限り、皆自分達の立場で、無責任体制だな―と、
誰も責任を問われない。
“申し訳ありませんでした”と誤ればいいと思ってるわけですかね?
これが世界で見ている日本なんですよ。
こないがも、ある国のトップの人が来て、
“私にどうしても会いたい”って来られたの。
何故だか分かります?
“アレだけの事故が起こって、日本で何も起こってる気配が無いのは
一体何なのか?”―と、
一国のトップですよ、
“まったく理解できない”って言うんだよね。
いろんな役所の人とか政治家に訊くんだけど“わからない”
だから結局、私に訊きに来るわけですよ。
そういう風に見られてるってことを
皆さん、どのくらい意識してますかね?
―ということが一番の問題じゃないかと。
それで、フューチャーエナジー?
決まってるじゃない?
これからやれば、今言ったように、(スズキ先生、神野先生も言ったように)
出来るだけ decentralized でしょ、
出来るだけ renewable でしょ、
このローカルにアウェアブルな renewable でしょ?
それをプロモートするためにはグリッドフォーメイションでしょ?
ソーラー・パネルだって日本が造ったんじゃない?オイルショックの時に。
そういうテクノロジー沢山あるじゃない?
アイスランドに行けば皆、ジオサーマルじゃない?
それ皆メイド・イン・ジャパンのものでやってんですよ?
それで何でやらないの?
だから、そういう話は国民に届かないようになってるのかもしれない。
福島(原発事故)が起こってもそれぞれの利益があるのは皆分かってるけどさ、
余りにも日本は、皆飼いならされた子羊の群れみたいに、
世界では思われてる。
“不思議な国ジャパン、Mysterious JAPAN”
こう思われてるでしょうね。
多くの政治家は、そう思ってますよ。
“全然分からない。”
“政府に訊いても、何言ってるのかさっぱり分からない。”
日本語だけの問題じゃないなってことが解ってきているんだよね。
で、「What if ?」―どうします?
その為にはスマートグリッドを通じて、
ITテクンロジーがあって、
current の visualise(電流の可視化?)して、
どんどんアプリが出てきますよ。
2000年問題憶えてます?
“2000年にコンピューターがクラッシュする”
って皆言ってたじゃない?14年前。
何も起こらなかったじゃない?
あれで―wwwが入ってきたおかげで、
もうどんどんアプリが入ってきて、
皆これ(スマホ)やってんじゃない?
―30分に一回。チャカチャカ、何で?
iPadが出たでしょ?
ジャーナリズムが変わったでしょう?
何時だと思います? iPad が出たの?
丁度、来月で4年ですよ。
4年間でこれだけアクセスが変わってるわけでしょ?
どんどんエクノロジーは進むの。
グリッド作れば、どんどん進みますよ。
出来ない理由を言う前に、やってみることです。
T:professor JINNO.
【同時通訳】
どうして、日本の電力市場を変えられないか
―ということの説明は、何かお持ちでらっしゃいますでしょうか?
神:今の電力供給体制が出来上がるのは、
戦争するためなんですね。
第2次世界大戦という―総力戦と言われている―戦争を、
遂行する過程で出来上がります。
これ各国とも同じだと言って良いと思います。
ヨーロッパの場合にはですね、
―総力戦というのは経済力を総動員しなくちゃいけませんので―
重化学工業を総動員する為にですね、
電力どうするか?―って問題になるわけです。
ヨーロッパの多くの国は、国有企業にします。
これあの、重化学工業殆んど国有企業にしたと言って良い―と思います。
で、日本の場合にはですね、
民営のまま、コントロールするって体制を採ります。
つまり統制経済ですね。
ヨーロッパの国では飛行機会社も鉄道会社も多くの国が
国営企業になるんですが、
日本は元々(国営で)やっていた鉄道以外は
殆んど国営化しません。
その代わり全部統制したんですね。
で、電力についてもですね、
戦時統制がそのまま残って、
科学の統制から何から全部残ったままで、
こう供給体制、統制していますから、
この統制体制が何で続いたのか?って言われると
なかなか難しいんですが、
少なくとも高度成長の重化学工業化していた時には、
これがですね、重化学工業のインフラというか、
共通の費用をきわめて低価格でもって供給するために、
機能した。
で、その後、
重化学工業の時代じゃない時代に転化しなくちゃいけないという時には
転化できなかった。
何で転化できないのかっていうのは難しいんですが、
ノーベル経済学賞貰ったサローの本で、
『資本主義の未来』という本があるんですが、
これの前書きのところで、
“これは日本国民への警告だ”
―って書いてあるんですね。
それは何かっていうとですね。
“ルールが変わったっていう事実に最後に気が付くのは、
前のルールでの勝利者だ”
―って書いてあります。
つまり、日本は確かに第2次世界大戦後の重化学工業で、
優等生だったんだけど、
もう時代は変わって、
重化学工業じゃない新しいソフトな産業の方に
代えていかなくちゃいけない時代に、
依然としてですね、
前のルールにしがみ付いている。
そうれは前のルールでの勝利者だからだ―と、
いう風に警告したんだけど、
どうも、そういう事しか説明できないかな―と思います
黒:それは学んでないってことじゃないの?
要するにアカデミクスは何してるの?
学んでないっていうか
独立して発言してますか?
学生にそういう事を教えているか?
―って、こういうことでしょうね?
やっぱし、東京大学が日本を代表する大学の頂点だと思われてるから、
そこの先生はもっと社会にどんどん言わないと、
だから私は「東大総長機関説」って随分言ってんですよ。
東大総長が言うと皆新聞書くから。
神:たとえば、全ての仕組みがそうですね。
たとえば為替制度というのは、
当時、重化学工業の時代には固定為替相場制度でした。
したがってですね、
賃金コストを低くして
国際競争力を高めていくとですね、
そうすると普通に考えれば
賃金低めたんだから需要も減るじゃない?
―と、こういう風に考えるんですが、
伸びた。
それは何故か?
輸出が伸びたからですね。
で、輸出が伸びるとですね、
その部分―輸出が伸びますから―利益があがる。
で、利益があがると、その一部を日本の場合には、
設備投資に向けたわけですね。
そして生産性を引き上げる。
その生産性の範囲内で賃金を引き上げる
―ということをやりましたので、
全部が旨く行ったんです。
ところが、依然として、
ルールが変わって変動為替制度になったので、
賃金を低めて国際競争力を強めると、
その瞬間に、
円が高く上がってしまって何もならないっていうことを、
何回繰り返してもやらないっていうのは、
学者だけの説得じゃなくてですね、
全ての社会の転換、体験(体系?)に基づいてる
―抜け出せない―という事だと思います。
黒:まぁ、だけどエリートは東大卒業だったしね、
年功序列で上がるしね、
ずっと同じところで、
“次の事務次官は何年入省”なんて、
こんなことやってる国あると思います?
(一同:笑)
だからそこに信仰が出来てるんですよ。
だからそこは教育の問題であり、
私、あの、福島の後に書いたんだっけど、
“日本の大学なんて、文部科学省の下部機構だ”って
書いたのはそういう意味ですよ。日経にね。
だからそういう問題を言う人も居ない。歴史的に。
だからそういう哲学を言う人も居ないし、
―というところに一番問題があるんじゃないかな。
だから detai は皆 responsive に説明するんだけど、
やっぱし世界が関わってくる
Big Picture の中で自分達が何をするか
―ていうことを、もっともっと考えるのは、意外に日本は弱いんですよ。
弱いところを認識するっていうことは、
凄く大事だと思います。
T:【同時通訳】
じゃあ、東大の先生達は十分じゃないということですか?
黒:【同時通訳】
いえ、私が言っているのは、
誰もが社会の中で何らかの立場がある、役割がある―と、
で、その役割に応じた責任を負わなければいけないのだ―と。
自分の置かれているポジションで
その必要とされている責任を果たさなければいけない。
大きな経営力(権力?)を与えられているんであれば、
それだけその責任も高くなるということだということを
申し上げているのです。
神:あの、アクンタビリティというのは、最期の審判でやることですよね。
黒:知ってます。
神:それで、私達が歴史に対して責任を持つ―というのは
結果責任であってですね、
私は何をしてた―っていうのは、言い訳にならない。
“私は戦争に反対した”
けれども戦争になっちゃった。
“私は無力だった”
だけど戦争になっちゃった。
これを繰り返していたらですね、未来が無いですね。
未来に対して私達の責任の取り方っていうのは、
結果責任であって、
自分が信条の倫理でもってですね、
信条的な責任を取るものじゃありません。
したがって繰り返し私が申し上げてますように、
私が学んだ時、既に知っていたわけですね、
原発その他の欠陥を。
―にも関わらず阻止出来なかった。
これに責任があるので、
したがって阻止出来なかったこの状況についての責任は、、
全て私たちが負う・あるんだということだと思います。
これは共同連帯責任―だっていう理解をしています。
黒:いや、これがね、そう思っちゃうんだけど、
だけど今、世界がこう色んなガバナンスがグローバルになってる時の、
もう日本の価値観だけじゃ済まなくなってるわけじゃないですか。
そこで、アカウンタビリティなんてこれ英語の問題でね、
もともと“account”から出てるんだけど、
その三権分立とか、ガバナンスとか、
社会の、より責任がある、権限がある人達の、
責任は何か―という話で、
“皆に責任がある”って言うとね、
太平洋戦争の生き残りの証言の、8月にやるテレビと同じですよ。
“私は知ってたけど言えなかった”とかね。
福島のあれ(原発)も、ずーっと特集があってね
“私はそん時そうだと思ったんだけど言えなかった”って、
これ同じことじゃないですか?
「何故そうなったのか?」―ということを
私は問いを立ててるわけで、だから
「皆が悪いんだ」っていうんだったら
“またそれで済ましちゃうの?
ってのは困るんじゃないかなぁ”
―ということを言っているわけですよ。
つまり、グローバルに観られてる日本のガバナンスっていうのが、
“Still Remain Mysterious”
(会場:笑&拍手)
T:Thank You.
【同時通訳】
そろそろ時間が無くなって来たわけでございますけれども、
もともと(黒川)先生が標してくれたビデオを観まして、
東電と致しましては、そこに問題があったけれど、
何等対策は取らなかった―という事で御座いました。
ですので、過ちを犯した―まぁ、
「知らなくて過ちを犯した」―過失ですね、
しかしながら
「理解をしていても行動を取らなかった」―という人々もいるわけであります。
ですので、日本はチョット違うのかもしれません。
世界の標準とは、えー基準とは違うということかもしれません。
ですので知ってたとしても行動を取らなかった―ということであります。
ですので、何もしなかった場合には、
ま、ま、それが許されてしまうっていう時が、
日本にはあるという気が致します。
そうでしょうか?
黒:だけど“出来ない”という前に、分っていたら、
“どうやってやっていくか”っていうことを、
それぞれが毎日考えてないと、
“これをやれ”って言ってんじゃなくて
「どうやるか」が大事なんですよ。
“How do you do it? is your respond"
「どうやってやるか」っていうのはね
“That's ultimate your decision"なんですよ。
【同時通訳】
ハーバード・スクールが出しております、これは書物でありますけれど、
大変素晴らしい本だと思います。
『リファインディング・モーメント』という、その表題であります。
そのマネージャーが、その左と右の決定を下すということであります。
【同時通訳から黒川氏直】
decision しなくちゃいけない。
その時の、上に行けば行くほど、
その dicision が、貴方の一生の value をね、
legacy として残せるかどうかということの、
judgement になるんですよ。
だからそれは小さいときから色んな dicision あるんだけども、
それが、CEO なる dicision 、
事務次官の dicision、
大臣なる dicision、
日本みたいなヒエラルギーの東京大学の教授なる dicision、
その時の
“your social responsibility what is it?”
“that is the qestion if one of have to us. how do you do it?”
( ↑ 合ってるかな? ヒヤリングがぁぁ)
【同時通訳】
ま、どういう風にやるかということに関しては考えなければなりません。
T:【同時通訳】
…高齢な教授でありますと、色んなことを学ぶことが出来るわけであります。
皆様方のご発言から、
やはり、日本が何故こういう状況に置かれているのかが
理解できたような気が致します。
ですので、この部屋にいらっしゃる皆様方に取りましても、
「何をしなければいけないのか?」
そしてそれを、言って、
それを行動に移す―ということが必要であると思うわけであります。
S:【同時通訳】
フェアではないと思います。
特別な国、特別な国民性があるということは無いと思います。
永年に渡りましてカナダにおいてですけれども、
これは森林関係の方々と議論した時であります。
ま、その森林関係の会社の社長と議論したんですけれども、
“こういうような森林を伐採している。
それが気に食わないんだったら
法律遵守してやってるんだから文句言うな”―と
いう風に言われたわけであります。
ですので、社長としての任務は、
その利益を極大化するということであります。
株主の為に利益を極大化
“それに問題があるんだったら訴訟でも何でもしろ”
―と言われたわけであります。
ですので、企業としましては、
営利目的であるわけでありますので、
利益を極大化―ということをしまして、
色々近道を取るわけであります。
日本だけの問題では御座いません。
黒:【同時通訳】
このインターコネクション、
相互に接続している国際的な社会ということでありますので、
株主のためだけに利益を極大化しているわけではありません。
やはりステークホールダー、
世界のステークホルダーが会社を見ている。
会社の行動を見ているわけであります。
注視してるわけであります。
それも考えなくてはならないと思います。
S:【同時通訳】
そしてこの社長ですけど、
“私は、その利益を極大化するのが上手だ”
―という風に言ったわけでありますけれども、
そして、私のスズキ・ファンデーションに対しまして、
巨額な寄付をして下さったんです。
やはりその、罪悪感を感じてたんだと思います。
T:【同時通訳】
私の希望と致しましては、
この部屋の皆様は、
常に、デヴィッド・スズキさんの仰った社長よりも
良い行動を取ることを期待しておりますし、
そして黒川先生の理想的な市民に近づくことを期待しております。
ですので、より多くのことを知り、
そして行動を皆様方が取っていただければと思います。
では、次には日本自然エネルギー財団の副理事長・末吉様に
マイクを渡したいと思います。
(とりあえず 文字起し ここまで)
/////////////////////////////////////////////////////////////////////////
同じ方向を向いてるけど、少しずつ違いもあって面白い対談でした。
国際シンポジウム
REvision2014 -「エネルギー大転換」と日本の進路
http://www.ustream.tv/recorded/44218495
16:00 - 17:00 座談会「エネルギー政策と日本の新しい夜明け」
モデレーター:トーマス・コーベリエル 自然エネルギー財団理事長
デヴィッド・スズキ デヴィッド・スズキ・ファンデーション代表
黒川 清 政策研究大学院大学アカデミックフェロー
神野 直彦 地方財政審議会会長
(敬称略)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
座談会面白かったので文字お越し。
黒:黒川氏 : MADE IN JAPAN な マインドセット~Accountability 等
S:スズキ氏 : バイオスフィアというエコシステムの維持
神:神野氏 :「成長の限界」と「持続可能性」―「 sustainability」
~“人間が助け合うコミュニティ構築”の必要性
― といったテーマかな?
T:トーマスさん:モデレーター (北欧の人はでっかいデス)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
T:では、さっそくではありますが黒川先生からお願い致します。
なぜ一同に会したのか、お話下さい。
黒:このタイトルは素晴らしいと思うんだけど、
失敗から学ばない人達は必ず同じことを繰り返します。
私、国会事故調のアレ(委員長)をやりましたけども、
何で「新しい夜明け」と-これね、最初に出してくれない?-
「新しい夜明け」って、過去を振り返らないで
「新しい夜明け」なんてあるわけないじゃない。
チャーチルが言いましたよ。
“何人居てもネ、長い人間の歴史を勉強してない人達の集まりは
単なる馬鹿の集まりだ”と。
何も学んでないんだから。
福島から学んだの?皆さん一人ひとりが何をするのか?
あれから、福島はこれだけ世界的な大っきな事故だったから、
沢山の人が、
日本も、国内も国外も沢山のリポートが出、本が出、
変なのもあるけど、良いのも沢山ある。
で、今までそういうアカデミクスも、
言うべきことを言ってなかったじゃない?
何故?
これのそれじゃ 2。
これはこれが終わった後、若い学生さんや高校生も今参加して
ドンドン作ってんだけど、英語版。
コレね、僕らのリポートは、
600ページくらいありますから誰も読まない。
ダイジェスト版作ったって国会の人も読まない。
何で?
“Inconvenient Truth(不都合な真実)”だからよ。
違う?
ジャーナリスト。
どれだけの人がインディペンデント(independent)やってるの?
貴方の社会的責任は何なの?
で、国会事故調は、憲政史上初めてだった。
ま、海外で呼ばれて言うと
「初めて!?信じられない」って言われますよ。
貴方達解ってんの?三権分立ってことを?
だから初めて、それが機能した証拠だったんですよ。
それを活かすもコロすも貴方達が誰を選ぶかですよ。
だって三権分立ってそういうことじゃない?
最高裁は、
一票の格差が1対2だって違憲って言わなかったでしょ?
(1対)3でも違憲って言わなかったでしょ?
(1対)4過ぎたらやっと「違憲状態」って言って、
これ三権分立って言うわけ?
それは貴方達がそうやって思い込まされてるだけじゃないの?
-というわけで、コレ素晴らしいですよ。
コレ日本語版なんだけど、これの英語版に今してますので、
ちょっと 2 でも…2にしてみましょうか?
ワン・チャプター…6本で、6本視ると皆わかる。
素晴らしいよ、この若者達は-どうぞ!
「事故は防げなかったの?」
わかりやすいプロジェクト国会事故調編 イラスト動画②
http://naiic.net/iv02
-そのハンドアウト(?)にありますので、
是非、今日、明日でもいいから視て下さい。
たった3分のチャプターが6つあって、みんな解るようになってる。
で、もし気に入ったらツイッターして下さい。
リツイートもして下さい。
英語版は-皆さん英語出来ると思うんで英語でもツイートしてね。
それからChinese Version, French Version, German version も
今作るということを彼らはやっているみたいです。
私がやってるわけじゃないですよ(笑)。
それで、何でこんな事(事故)が起こったかっていうのは、
沢山の本でもうわかってるわけでしょ?
で、これが、例えばIndepenndent Think Tankとか、
ジャーナリストとか、まぁ政治家とか、行政官とか言ってるけど、
例えば、行政官は民主主義の下では、
もともと公僕って言ってたじゃないの?
じゃ、メディアの人は公僕って字を使って、
公僕って言葉を使ってこの20年何か記事書いたことあります?
何で言えないの?
そういう風なマインド・セットをクリエイてる(創ってる?)
何かがあるんじゃないかってことが凄く大事だと思います。
さて、そこで三権分立もそうだけど、
もうひとつ、福島(国会)事故調は、
全部のセッションは Web で視れます。
英語の同通もあります。
その後の記者会見も全部公開してオンラインで視れるし、
これ(壇上の映像)もナイクですけど- naiic -英語の同通も入ってるので、
まぁ、新聞記者の質問もどの程度かっていうのも
皆に分かる様になってる。
で、アメリカもそうですけど、
今、US の congress は National Academy(米国科学アカデミー?)
に頼んで福島の事故の
メカニカル、エンジニアリング、テクニカルなところの
investigation(調査?)していて、
2年間の commission (委任・委託、任務、委員会)、
私達は6ヶ月でしたけど、向こうは2年間で、
多分、5月か6月にそのリポートが出てきます。
そういうプロセスが民主主義の三権分立
―お互いの権力を抑えあうっていうことをしてる-ということを、
どれだけ皆が自分達の制度だと思って見てるんですか?
で、この3月11日って、
(壇上のスクリーンに『3.11』
-3.11: Disaster and Change in Japan, (Cornell University Press, 2013).
-の表紙が映る)
リチャード・サミュエルズって MIT の教授、
で、日本の政治学を、中曽根さんの頃からずぅっとやってますけど、
これは去年出てます。これアマゾンすれば直ぐ出てきますが、
これも、
“福島の事故が起こってから、日本が何か変わってくるようなサインが無いよね?”
で、海外皆そう思ってんですよ。
なんだけれども、だから、最後にも書いてますけど、
“どれだけ大っきな事故が起きれば日本は変わるの?
太平洋戦争と同じことしてるじゃないの?”
っていうのが、皆が見てる目なんですよ。
皆さんも感じてるけど言わないのよ。
組織のリーダーというか、
責任あるポストの人が何故言わないか?
それが Accountability という perception の欠如ですよ
Accountability って何だと思います?
日本語では「説明責任」って言うけど、
こんなのは詐欺ですよ。
Accountability っていうのは、
-“Typical Lost in Translation”(誤訳の典型)だって言ってますけど-
これは説明責任じゃなくて、
「自分に与えられた Duty」
社長だったら社長の Duty があるでしょ?
専務だったら(専務の)Duty があるでしょ?
その Duty を execute してるっていうことなんですよ。
してなければ、
-どうして出来ないの?-
やるのは自分の責任だから、
“皆さんと相談して”なんて人が社長だったり専務だったりしてたら悲劇だよね?
Accountability が無いから、
責任を取る気構えも無いし、
起きたときに誰も責任を取らないじゃない?
会社でも何処でもそうでしょ?
アノ何かオジサンが3人か4人並んで
「申し訳ありません」ってやってるけど、
あれで責任取ったと思ってるわけ?皆さん?
この一人ひとりが、ポストには就きたいくせに、
何か起きた時の責任のある、
責任を取る身構えがあるの?
どうやって(責任)取るかは役所に相談することじゃないですよ。
自分自身の
覚悟と、
能力と、
社会に対する責任。
しかも Japan という所で、
世界の中の第3の
経済大国?
科学技術で信用つくって来たのは日本でしょ?
-アニメじゃないでしょ?日本の信頼は-
それなのにもかかわらず、
責任を取る積もりはあるのか?
そのくせ社長に成りたがったり事務次官になりたがったりってのは
なんなのよ!?
-っていうことを問われたんですよ。
だから国会事故調は憲政史上初というけれども、
世界に向かって
日本の、
政・産・官…まぁメディアもそうだけど、
業界の、鉄のトライアングルの、
ホールボディCTスキャンを見せた-ということなんですよ。
皆さんそれ解る?
だからそれ見せたんだから、
皆さん一人ひとりが必ず選挙に行って、
まぁ良い候補居ないって言うかもしれないけれど、
どんどん行けばね、必ず貴方たちが信頼できるような人が出てきますよ。
選挙に行かないってことは、
自分がその、政治に参加する機会を無くしてるんだから。
行政府としてはその方が都合が良いんだから。
だから去年の参議院選挙は
-おととしか-(一昨年の衆議院選挙、昨年の参議院選挙)
皆、行政府、(聞き取れず???)調べてますからね。
20代の投票、投票したうちの20代は、7.9%ですよ。
20代、30代、40代、50代、60代、っていくと、半分は60歳以上ですから、
それを見てれば、若い人が7.9%だったら、
大体15%ずつディストリビュートするはずなんだけどね、
若い人の気持ちを表すような政策するわけないじゃない。
そういうこと分かってるの?
メディアも分かってんのんね?
-ということを一人ひとりが考えて行動するという時が来たということですよ。
よろしくお願いします。
T:【同時通訳】
先生、有難う御座います。
大変、素晴らしい説明をして頂いたと思います。
何故、ここに我々が居るのか-と、いうことがそれで解りました。
いろんな教訓を学ばなければなりません。
ですので、将来のエネルギー政策を立案するにあたりまして、
福島の事故から学んでいかなければいけないわけであります。
ですので他の国々はどういうような経験をしたのか、
えー、電力市場が、もう既に競争原理が導入されたとか、
あるいは発想電分離がなされたとか、
あるいは再エネが、より安くなって来て、
そして既存の発電所が発電している電力と競争で優位に立っている、
そして、例えば北米とかヨーロッパにおきましては、
電力会社が赤字を垂れ流してるとか、
そういうようなことを色々、午前中から聴いてきたわけであります。
ですので、日本にとりましてこれは一つのopportunity(機会,好機)
ではないかと思うわけであります。
ですので、デヴィッド・スズキ代表
(デヴィッド・スズキ・ファンデーション代表)にお願いします。
S:【同時通訳】
有難う御座います。
この国際会議に参加することが出来まして、大変光栄に感じております。
幾つかのアイデアにつきまして皆様方と共有することが出来れば
―と思います。
本当に激励された。気持ちがウキウキするというような
会議になってきたわけであります。
ですのでやはり再エネの分野におきまして、
世界中でどんなことが起きているのか?
ということが分かったわけであります。
黒川先生と同様でありまして
日本の状況を理解するにあたって、
やはり歴史を紐解く必要性があるわけであります。
ですので、より対極的な見地で見ていきたいと思います。
ただ単に福島の事故とか、
あるいはエネルギーの政策ということではなく、
より広範囲にちょっと見ていきたいと思います。
マレーニ駐日マレーシア大使が、
こんなことをジャパン・タイムスで言っているわけであります。
“将来の繁栄の為に、新たなヴィジョンを作らなければいけない”
ということであります。
ですので彼が言っているのは
貿易協定とか、観光の促進、
そして成長を続けるということであります。
でもって新しいというものが全く無かったわけであります。
ですので繁栄とはどういう意味なんでしょうか?
経済というのは
繁栄を達成するための道具であり、手段であります。
しかしながら目標では決してありません。
ですので、真の意味での繁栄を達成するために、
経済活動は必要なわけであります。
しかしながら繁栄と言った場合には、
どのような生活をしているのか、
健康であるか、教育・教養が受けられるか―とか、
或は家族との絆、或は地域社会との絆がどれくらい強いか―
ということを含めての繁栄ではないかと思います。
消費だけではないと思います。
新しいものを買って、そして次々と消費するということをしますと、
生命自身、生命自体の意味を無視してるんじゃないでしょうか?
ですので、本当の意味での現実を直視していないと思います。
我々はグローバルな危機に直面しているわけであります。
ですので、人類、この、生命が始まって以来30億年経っているわけであります。
エリザベス・コルバートがこういう風な本を書いております。
『第六回の絶滅―The 6 extinction』
という本を書いてるわけでありますけれども。
何回にも渡りまして、色んな種とか動物が絶滅してるわけであります。
ですので、今回の絶滅ということになりますと、
自然の現象ということではなく、
人類がその絶滅を起こしているわけであります。
我々はある意味じゃ、この惑星のトップに立っているわけであります。
トップの捕食動物になってるわけでありますし、
そして、この色んな種の動物の絶滅を起こしてるわけであります。
もし、蜂など、全ての受粉活動をしている虫などが消えたのであれば、
この地球のエコシステム自体も崩壊するわけであります。
人類といたしましては、
この惑星との、地球との関係を変えてきたわけであります。
私は1936年に生まれたわけであります。
その時には20億人しか人口はなかったわけであります。
そして、その中で人口は爆発いたしまして、
3倍になってるわけであります。
ですので、この70億人の人間といたしましては、
水を飲んで食事をし、衣服を着て、
そして、その消費をするわけであります。
エコロジカル・フットプリント
(人間活動の環境負荷を表す指標の一つ)
といたしましては、
巨大なものになって来てるわけであります。
そして、突然、技術も与えられたわけであります。
ですのでこの技術によりまして、
地球全体も観ることも出来るわけであります。
そして、海底も探検できるわけでありますし、
山の山頂にも、その、色んな資源を探しにいくことが出来るわけであります。
そして、色んな、ま、貪欲的にいろんなものを消費しているわけであります。
日本に来て、色んな物を、お土産を買うわけであります。
ですので、日本ですと、どこか行くとお土産を買わなくてはということに
なるかと思います。
ですので、そして、その、消費致しますと、
それはゴミになり、そしてまた、放出される―ということになるわけであります。
ですので、世界中の人々は、先進国の企業が売る相手になると、
―マーケットになるということになるわけであります。
ですので我々は、余りにも力を得たわけでありますので、
そのバイオスフィア(biosphere:生物圏)の特性も変えてるわけであります。
ですので、ダムを造ったり、
そして、地震の頻度も高めているとか、
それから山を崩して、そして埋め立てたりをしているということに
なるわけであります。
それで、鉱山を掘って、それから都市を造っているということでありますので、
地球それ自体の特徴、特性を変えてるわけなのであります。
それから更に、科学的に言えば、
地球をゴミ箱として使っているわけであります。
大気を汚染している、水質汚濁をしている―ということを
しているわけであります。
そして生物学的には、外来種を伝播させたり、
或は森林を伐採する、或は洪水を起こしている
―そういうことをしているわけであります。
そして、都市を続々と造っているわけであります。
ですので科学者達は、
これは人間中心的な時代―という風に言っているわけであります。
ですので地質学的にも、
一つの、その、人間が力になっているということが言えるわけであります。
そうした、この問題を直視しなければいけないわけであります。
我々はバイオスフィアの中で生活をしているわけでありますけれども、
その問題を直視しない、
それに眼を瞑っているわけなのであります。
その人類の営みのうち、95%の期間は、
放牧をし、狩猟をし、採集をして、生活をしたわけであります。
そしてその、狩猟・採集生活をしておりますと、
自然の一部である、自然に完全に依存しているわけであいります。
過去一万年に渡りまして、
人類といたしましては、
農業を始めたわけであります。
1900年ですと16億人しかおりませんでした。
そして、14の都市―これは100万人都市ですけれども、
ロンドンが最大のものでありました。
東京― 7番目でありました。
150万人の人口が居たわけであります。
殆んどの人々は、農村に住んでおりました。
殆んど全員が農業に従事していたからであります。
農業に従事していれば、
自然に依存しなければなりません。
突然それが変わったわけであります。
100年―1900年から2000年(の間)―に変わったわけであります。
世界人口といたしましては、60億まで爆発したわけであります。
そして400の都市、これは100万都市になっているわけであります。
そして1000万人以上の都市もあるわけであります。
アメリカとかカナダとか、ヨーロッパの人々の殆んどは
大都市に住んでいるわけであります。
大都市ですと一番優先されなければいけないのは、
雇用・仕事ということになるわけなのであります。
ですので、仕事がなければ資金が得られない、給与が得られない、
そしてその給与で自分が欲しい物を買うわけであります。
私が子供の時ですけれども、
やはり、勤勉じゃなければいけないという風に教わったわけであります。
自分が欲しい物を買うためには、仕事をしなければいけない。
勤勉に働かなければいけないということになるわけなのであります。
ですので、我々、消費者として、買えるものにつきましては
無限なわけであります。
ですので、経済はなんのために、
エコノミーというものは何の為にあるのかということを
自問自答しなくなってしまったわけであります。
これだけ多くの物が溢れているわけでありますけれども、
何の為に―ということなのであります。
エコノミーこそ、経済こそが、
一番優先される目標になっているわけであります。
私自身、こういうような環境の戦いに携わって来ているわけであります。
ですので、その、戦いをしている人々は、
お互いに話し合ってはおりません。
もう叫び合っているだけであります。
ある伐採をしております樵たちのインタビューをしたことがあります。
環境活動家で伐採に反対している人は居ないという風に言ったわけであります。
今、ただその樵の一人は
“子供達は樵にならないよ。彼らが大人になった時には、もう森林なんか無い”
―という風に言ってるわけであります。
ですので、車とか、家、住宅ローンを返済するために、
子供の教育のために、これだけ多くの木材を伐採して、
子供の時代になれば、もう森林は無くなると言う風に、
こういう樵たちは思っていたわけであります。
あと何分くらいあるんですか?
T:Oh,Good.
S:大丈夫ですね?(笑)
共通の言語を打ち出したいと思います。
世界の見方について、この、議論を続けたいと思います。
自然の原則に基づきまして、
我々の世界は形作られているわけであります。
例えば、物理ということであります。
ですので光の速度、光速以上に速く動くロケットを造ることは出来ません。
ですので、この、反重力の機械を造ることも出来ません。
その熱力学の第一、第二原則に反するような機械を造ることは
出来ないわけであります。
それに基づいて生活をしているわけであります。
化学でも同じであります。
拡散の率も一定に決まっております。
そして反応、反応に対する制約、
そして色んな原子の分子的な特性というものは分かっているわけであります。
これが化学です。
それで生活してるわけであります。
それに慣れているわけであります。
生物でも同じであります。
各種におきましては、
最大扶養数と―頭数―というものは、決まっているわけであります。
エコシステムで支えられる頭数というものは決まっており、
それ以上にということになりますと、
その種につきましては、
少なくなるということになるわけであります。
では、人類にとりまして
このバイオスフィアというのは、我々のエコシステムであって、
そこで生活を営まなければならないわけであります。
そして我々は生物学的な種ということになるわけであります。
例えばカナダで“我々は動物ですよ”と言いますと、
一部の観客は怒るわけであります。
“私は決して動物ではない。私は人間だ。”―と。
いや、決して(そういう意味ではなく)
人間も動物の種のひとつということになるわけであります。
ですので、動物として、
“貴方は動物なんだから、基本的なニーズというものは決まっている”
わけであります。
5分間息を止められる人は居ますか?
そんなことは出来ません。
我々の肉体によりまして、
ただ単に呼吸を止められることによって自殺は出来ないわけであります。
大気、空気というものは、最も重要な要素なわけであります。
ですのできれいな空気というものが必須なわけであります。
それは全員で合意できる点だと思うわけであります。
ですので、このバイオスフィアを維持するというのが、
最も重要な人類として、
いかなくてはいけないことになるわけであります。
ですので、きれいな大気、そして飲料水、土壌、
食料、エネルギーなど、というのが、
我々として維持していかなければいけないことなわけであります。
それが生物学の原則のひとつといことになるわけなのであります。
では、他のものは何でしょう?
これは自然の法則ではありません。
例えば、自分の持ち物、自分の街、自分の都市とか、
県とか国の周りに国境なり、ボーダーを設置するわけであります。
例えばテキサス州でありますと、
その家に立ち入った人を銃で殺すことも、
それは許可されているわけであります。
しかしながら、カナダの空気、日本の空気っていうのはあるんでしょうか?
その国境に到達した時に、それは突然アメリカの空気に変わるんでしょうか?
それは空気など、全然国境を見て見ぬ振りということになるわけであります。
ですので将来、大気がどうなるのかということにつきまして、
全くこの国境は関係ないわけであります。
ですので京都議定書以降、どうするかということにつきまして、
色々、議論をするための国際会議はされたわけであります。
そのときに192ヶ国が参加したわけですけども、
その大気については、国境関係なく、
これは議論しなければいけないわけなのであります。
それからさらにエコノミー、経済、それから株式会社とか、
あるいはマーケットというものは、
これは自然の原則に基づいているわけではございません。
これは自然の力に基づいて発明された、創られたものではございません。
我々人類が創ったものであるわけであります。
そして、少し前はですけれども、
ちょっと一昔前ですけれども、
人々は火を噴く怪獣とか悪魔を信じていたわけなのであります。
そして彼らに対しまして、
生贄とか宝石(貢物?)を奉げたという時代もあったわけであります。
彼らは、その、怪獣とか悪魔を信じていた時もあるわけであります。
今の人間はそんなことはありませんし、信じておりません。
しかしながら別のものを信じているわけなのであります。
ですので、そんな悪魔とか怪獣の代わりに、
経済、マーケットを信じているわけなのであります。
今日この、観客の中の人々の中でも、
その、マーケットが重要だ、マーケットを信じている、
経済を信じているという人が居ると思います。
それも変えることが出来ると思います。
しかしながら、自然の法則を変えることは出来ません。
ですので議論を進めていきたいと思いますが、
そして未来について考える際に、
我々、種として、人類としての未来を考える際には、
その自然の法則に基づいて、
我々どういう風に生活を続けていくのか
そしてバイオスフィアを維持するのか、
ということを是非、議論していきたいと思います。
ですので長期的な持続可能な、
人類の生活ということを考えていきたいと思います。
T:【同時通訳】
何故ここに居るのか?ということ(を)
学びました。
デヴィット先生によって
何処に我々は向かっているのか?
尋ねなくてはいけないといことが分かりましたし、
根本的な自然の力と、人間が創ったもの、
人間が創った限界の間(境界?)は違うのだということが分かりました。
場合によっては人間が創ったものによって、
拘泥して考えが狭まってしまっているということも伺いました。
それでは神野先生、
日本にエネルギーを提供する、
その方法。
自然の力に適合したやり方で、
そして日本の経済状況に適合したやり方で、
ということに関して
どのような御意見をお持ちでしょうか?
神:えーっと、あの、最初にお断りしておきたいんですが、
私、網膜剥離を患っております。
私の網膜剥離はですね、普通の方であれば、
二十歳ぐらいで近視が止まるんですけれども、
二十歳過ぎても近視が止まらずに、ドンドン近視が酷くなって、
網膜に裂肛を起こし、
そして遂には失明するわけですね。
もうアノ、曇りガラスから向こうを見てるような状態でしか
見えないわけです。
それで私っは、今のご質問についてもそうなんですが、
エネルギーの専門家ではありませんので、
私が言えることは、ひとつですね。
つまり、近視眼的な物事の見方をして、
目先だけの利益を追っていれば、
待っているのは暗黒だけだ―ということです。
(会場・壇上?:笑)
で、私の専門は財政学ですので、
エネルギー政策そのものに直接触れることは出来ません。
只、今のご質問―問い―に、間接的にお答えするようなことで言えば、
私のやっている財政学は、19世紀の末に、ドイツで誕生した学問です。
ちょうど、今経済学の主流派になっている新古典派― Neoclassical economics
といわれている学問と同時にドイツで起きました。
で、財政学の考え方はですね、
私達の市場社会は、経済システム
―市場で運営される経済システムと、
それから、社会システム、
―コミュニティと言った方が良いのかもしれませんが、
生活の場である社会システムと、
それから政治システム
―統治するものと統治されるものから成り立つ、
三つから成り立っている、
こういう風に、三つの組織から私達は構成されているんだ
―と、こういう風に把握いたします。
えーっと、これは国家市場共同体、
このトリアリィ(三位一体:トリニティ?)から成り立っていると
理解して貰っても構いません。
で、同時に、今の主流派の経済学と違うところは、
今の主流派の経済学は、
時間を止めて、循環の論理で社会現象を説くのですが、
私ども財政学では、
生成の論理ですね、
どういう風に発展して来たのか、
これは、あの、黒川先生もスズキ先生も御指摘になられましたように、
歴史が重要だっていうことに繋がる発想方法ですね。
それで、日本のエネルギー政策を振り返って問題を整理してみると、
世界各国そもそも同じですが、
大きな転換点は1973年の石油ショック…ですね。
で、それまでの経済は、先進諸国では、
「黄金の30年」という風に言われるように、
重化学工業化をしていきながら、
経済成長を成し遂げて来た経済でした。
で、同時に社会体制としては、
福祉国家といわれている体制をとってですね、
経済成長と再分配とは両立するんだ
―という考え方に成り立って、
―によって動かされていたという風に言っていいと思います。
これを支えていたのが、繰り返すようですが、
重化学工業による経済成長なわけですね。
ところが重化学工業というのは、
自然資源を多消費する産業ですから、
それがですね、石油ショック
―これは自然資源に、いよいよ枯渇状況が現れてきたぞ―という
警告がくだされるわけですね。
―というよりも1973年の前の年に、
1972年にローマ・クラブはですね、
「成長の限界」という警告をしております。
この限界はですね、
再生不能資源―化石燃料のようなですね、
再生することの出来ない資源が枯渇するので、
成長に限界が来たんだ―と、
こういう風に警告した
と言う風に理解できると思います。
で、その後、その危機的な状況をどういう風に克服したのかというとですね、
アメリカのカーター大統領は、
ホワイトハウスの上にソーラーパネルを敷いてですね、
“これからは化石燃料の時代ではなく、
再生可能エネルギーの時代だ。”
こういう風に、あの、そもそも宣言したんですね。
で、それを次のレーガン大統領は取り外してですね、
“いやいや、化石燃料の時代ではないけれども、
再生可能エネルギーの時代でもないんだ。
市場に任せれば、市場は必ず価格の調整によってですね、
代替エネルギーを見つけてくれる。”
つまり、
“ある価格が高くなってくれば、
他の価格も採算ベースに上がってくるので、利用可能になる”
―と、こういう風に主張したわけですね。
それで手を付けたのが原発です。原子力発電ですね。
私は、丁度その頃学生時代でしたけれども、
私の恩師がいつも言ってたのは、
“この狭い日本にですね、
フローの管理、
つまり運転していく管理はどうにか目処が立っているけれども、
ストックの管理、
寿命が尽きた時に、それを解体してどう管理していくのか、
見通しもつかないまま、10基造るってことは考えられない”
って言ってたんですが、もう50基…造るっていうような状況に
陥ってるんですね。
その後、その市場に任せながら経済成を長進めていこうという政策が、
また、打たれていきます。
そうするとですね、
何が起こったのか?―というと、
今度はですね、再生不能資源が枯渇するっていう状態を跳び越してですね、
再生可能資源、これが再生可能でなくなった
―という状態にたどり着いたと言う風に思います。
つまり、自然というのは、自己再生力を持っているわけですが、
この自然の事故再生力が失われ始めた。
ギリシア哲学でも、つまり自然の要素っていうのは、
「土、水、気」です。「気」=「大気」ですけども、
さらに、「火」が加わりますが、危険物として「火」、
この再生可能なものが再生力が失われ始めたっていう時代だと思います。
そこで、人類は何を言い始めたのかっていうとですね、
「成長の限界」っていう言葉に代えて、
「持続可能性」―「 sustainability」
これ言い始めたんですね。
この私達の認識というのを、考えておかないとですね、
未だ、あの、“sustainability”と言いながら、
成長を―
あの、“成長の持続可能性”だと思ってるアレがありますから、
“そうじゃないんだ”ってことをですね、
私達は認識しておかなくちゃいけないし、
特に日本は、エネルギー政策に限らず、
これからの政策を考える上でですね、
大きな責任を負ってる。
この責任はですね、
どうも日本の歴史とか、人類の歴史とか、というちっぽけな歴史ではなく、
私達の生命を育んでくれたこの水色の惑星と共に歩む歴史の終わり、
つまり、宇宙史的なですね、責任を負わなければならないような
失態を演じたのではないか―という風に思っております。
それで、この、自然の自己再生力が失われ、
このことは―ちょっと時間が無いので論理が飛躍しますけれども、
同時に裏側でもってですね、
社会の自己再生力力もですね、喪失したっていう時期に入ってきました。
これは、ローマ法王が、
「人間の歴史が危機的な状態になると、
“レールム・ノヴァールム:Rerum Novarum」
―これは“新しき事柄”を意味するラテン語ですけども、
これを出します。1991年に、ヨハネ・パウロ2世が、
「レールム・ノヴァールム」をお出しになりました。
法王は、次の2つの危機が私達人類を襲ってるって言ってます。
ひとつはですね、自然環境の危機ですね。
―これは先ほど言いましたように、
自己再生力が失われた。
もうひとつの危機は人的環境です。
―人間と人間との絆-結びつき-
これすらもですね、今、崩壊の危機に来ているんだけれども、
人類は今、その存在すら、気がついていないんだ―と、
いう風に警告をされています。
で、私達日本人は、
東日本大震災を目の前にしてですね、
「生と死」が隣り合わせになるような原体験の中で、
二つのことを、少なくとも学んだはずです。
ひとつは、
人間の社会の価値体系
―何のためか―っていうことを考える時にですね、
“人間の社会の価値体系の最上位には、
人間の命が位置づけられなければならない”
―っていうことですね。
もうひとつはですね、
“人間が生きていくうえには、
生きるっていうことを、
共にしないと生きていけないんだ”
―ということを学んだはずです。
で、生きていくことを共にするよいうkとについて言うと、
二つの次元がありまして、
ひとつはですね、
人間と人間が生きることを共にする―ということと、
それから、もうひとつは、
生きとし生きる自然と、
人間が、生きることを共にする
―この二つの次元でもって、
生きるっていうことを共にしなければ、
人間は生きられないのだ
―ということを、認識したはずなんですね。
これは世界に伝えなくちゃいけないんですが、
えーと、先程、黒川先生が仰ったように、
日本人は熱しやすく冷めやすいのとですね、
美談が好きなので、何か美談が起きちゃうと、
未だ悲惨な状態が続いているにも拘わらず、
現場で悲惨な事が起きていないんじゃないかっていう、
錯覚にとらわれるので、
一時期は真剣に、誰に強制されたわけでもなく、
自ら自発的に、今のような二つのことを、
気がついたはずですね。
それで、私は、これを、日本人が、創り上げていく、
それから、これからのエネルギー政策を考える上で、
今の二つの経験を元にすれば、
先程スズキ先生も仰っていたのですが、
私達人間の社会を生命のリズム
―生きとし生きる自然のリズムうえに置かなければならない
―と、いう風に思います。
それは、今の…
―(腕時計を見て)
すみません、もう止めましょうか(笑)
市場原理主義者達が言っているですね、原理は、
ハーディングの言ったですね、
「コモンズの悲劇」、
この「コモンズの悲劇」はね、「共有知の悲劇」ではなく、
私に言わせると、
コモンズの上に、
人間のコモンズ、助け合うコモンズ、コミュニティが
出来上がってない悲劇なんですね。
コミュニティが出来上がっていれば、
そのコミュニティは、必ず自然をですね、巧みに管理します。
で、そう考えていけば、
コミュニティから日本人は、
コミュニティから、
自然の顔というのは、
私がやっている財政学と同時に誕生したドイツの地政学では、
自然と言うのは地域毎に違いますから、
自然と共にフレンドリーに生きていくってことはですね、
それぞれの地域毎に、違った生活様式で、
その自然と最適な物質代謝を演じなければいけないはずです。
で、そうだとするとですね、
コミュニティのところで、人間と自然とが、
巧みに物質代謝をする。
そのことをやるためには、
人間と人間のコミュニティが必要であり、
そのコミュニティがやっている自発的な協力の限界を、
地方自治体がやり、
地方自治体が出来ないことを、上がやっていきながら、
同時に、その地域で廻る産業、
経済活動っていうのはですね、
人間と自然との物質代謝です。
人間が生きていく為に必要なものに自然を代えていくことですから、
それぞれの地域の上に、
その地域で廻っていく経済を創りあげる。
そういうことを成し遂げていく、日本人はミッションがある。
エネルギーも同じことですね。
地域で廻すエネルギーから徐々に大きく持っていく
―ということだろうと思います。
すいません、長くなりました。
T:Thank You.
【同時通訳】
有難うございました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・《後半へつづく》
REvision2014 -「エネルギー大転換」と日本の進路
http://www.ustream.tv/recorded/44218495
16:00 - 17:00 座談会「エネルギー政策と日本の新しい夜明け」
モデレーター:トーマス・コーベリエル 自然エネルギー財団理事長
デヴィッド・スズキ デヴィッド・スズキ・ファンデーション代表
黒川 清 政策研究大学院大学アカデミックフェロー
神野 直彦 地方財政審議会会長
(敬称略)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
座談会面白かったので文字お越し。
黒:黒川氏 : MADE IN JAPAN な マインドセット~Accountability 等
S:スズキ氏 : バイオスフィアというエコシステムの維持
神:神野氏 :「成長の限界」と「持続可能性」―「 sustainability」
~“人間が助け合うコミュニティ構築”の必要性
― といったテーマかな?
T:トーマスさん:モデレーター (北欧の人はでっかいデス)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
T:では、さっそくではありますが黒川先生からお願い致します。
なぜ一同に会したのか、お話下さい。
黒:このタイトルは素晴らしいと思うんだけど、
失敗から学ばない人達は必ず同じことを繰り返します。
私、国会事故調のアレ(委員長)をやりましたけども、
何で「新しい夜明け」と-これね、最初に出してくれない?-
「新しい夜明け」って、過去を振り返らないで
「新しい夜明け」なんてあるわけないじゃない。
チャーチルが言いましたよ。
“何人居てもネ、長い人間の歴史を勉強してない人達の集まりは
単なる馬鹿の集まりだ”と。
何も学んでないんだから。
福島から学んだの?皆さん一人ひとりが何をするのか?
あれから、福島はこれだけ世界的な大っきな事故だったから、
沢山の人が、
日本も、国内も国外も沢山のリポートが出、本が出、
変なのもあるけど、良いのも沢山ある。
で、今までそういうアカデミクスも、
言うべきことを言ってなかったじゃない?
何故?
これのそれじゃ 2。
これはこれが終わった後、若い学生さんや高校生も今参加して
ドンドン作ってんだけど、英語版。
コレね、僕らのリポートは、
600ページくらいありますから誰も読まない。
ダイジェスト版作ったって国会の人も読まない。
何で?
“Inconvenient Truth(不都合な真実)”だからよ。
違う?
ジャーナリスト。
どれだけの人がインディペンデント(independent)やってるの?
貴方の社会的責任は何なの?
で、国会事故調は、憲政史上初めてだった。
ま、海外で呼ばれて言うと
「初めて!?信じられない」って言われますよ。
貴方達解ってんの?三権分立ってことを?
だから初めて、それが機能した証拠だったんですよ。
それを活かすもコロすも貴方達が誰を選ぶかですよ。
だって三権分立ってそういうことじゃない?
最高裁は、
一票の格差が1対2だって違憲って言わなかったでしょ?
(1対)3でも違憲って言わなかったでしょ?
(1対)4過ぎたらやっと「違憲状態」って言って、
これ三権分立って言うわけ?
それは貴方達がそうやって思い込まされてるだけじゃないの?
-というわけで、コレ素晴らしいですよ。
コレ日本語版なんだけど、これの英語版に今してますので、
ちょっと 2 でも…2にしてみましょうか?
ワン・チャプター…6本で、6本視ると皆わかる。
素晴らしいよ、この若者達は-どうぞ!
「事故は防げなかったの?」
わかりやすいプロジェクト国会事故調編 イラスト動画②
http://naiic.net/iv02
-そのハンドアウト(?)にありますので、
是非、今日、明日でもいいから視て下さい。
たった3分のチャプターが6つあって、みんな解るようになってる。
で、もし気に入ったらツイッターして下さい。
リツイートもして下さい。
英語版は-皆さん英語出来ると思うんで英語でもツイートしてね。
それからChinese Version, French Version, German version も
今作るということを彼らはやっているみたいです。
私がやってるわけじゃないですよ(笑)。
それで、何でこんな事(事故)が起こったかっていうのは、
沢山の本でもうわかってるわけでしょ?
で、これが、例えばIndepenndent Think Tankとか、
ジャーナリストとか、まぁ政治家とか、行政官とか言ってるけど、
例えば、行政官は民主主義の下では、
もともと公僕って言ってたじゃないの?
じゃ、メディアの人は公僕って字を使って、
公僕って言葉を使ってこの20年何か記事書いたことあります?
何で言えないの?
そういう風なマインド・セットをクリエイてる(創ってる?)
何かがあるんじゃないかってことが凄く大事だと思います。
さて、そこで三権分立もそうだけど、
もうひとつ、福島(国会)事故調は、
全部のセッションは Web で視れます。
英語の同通もあります。
その後の記者会見も全部公開してオンラインで視れるし、
これ(壇上の映像)もナイクですけど- naiic -英語の同通も入ってるので、
まぁ、新聞記者の質問もどの程度かっていうのも
皆に分かる様になってる。
で、アメリカもそうですけど、
今、US の congress は National Academy(米国科学アカデミー?)
に頼んで福島の事故の
メカニカル、エンジニアリング、テクニカルなところの
investigation(調査?)していて、
2年間の commission (委任・委託、任務、委員会)、
私達は6ヶ月でしたけど、向こうは2年間で、
多分、5月か6月にそのリポートが出てきます。
そういうプロセスが民主主義の三権分立
―お互いの権力を抑えあうっていうことをしてる-ということを、
どれだけ皆が自分達の制度だと思って見てるんですか?
で、この3月11日って、
(壇上のスクリーンに『3.11』
-3.11: Disaster and Change in Japan, (Cornell University Press, 2013).
-の表紙が映る)
リチャード・サミュエルズって MIT の教授、
で、日本の政治学を、中曽根さんの頃からずぅっとやってますけど、
これは去年出てます。これアマゾンすれば直ぐ出てきますが、
これも、
“福島の事故が起こってから、日本が何か変わってくるようなサインが無いよね?”
で、海外皆そう思ってんですよ。
なんだけれども、だから、最後にも書いてますけど、
“どれだけ大っきな事故が起きれば日本は変わるの?
太平洋戦争と同じことしてるじゃないの?”
っていうのが、皆が見てる目なんですよ。
皆さんも感じてるけど言わないのよ。
組織のリーダーというか、
責任あるポストの人が何故言わないか?
それが Accountability という perception の欠如ですよ
Accountability って何だと思います?
日本語では「説明責任」って言うけど、
こんなのは詐欺ですよ。
Accountability っていうのは、
-“Typical Lost in Translation”(誤訳の典型)だって言ってますけど-
これは説明責任じゃなくて、
「自分に与えられた Duty」
社長だったら社長の Duty があるでしょ?
専務だったら(専務の)Duty があるでしょ?
その Duty を execute してるっていうことなんですよ。
してなければ、
-どうして出来ないの?-
やるのは自分の責任だから、
“皆さんと相談して”なんて人が社長だったり専務だったりしてたら悲劇だよね?
Accountability が無いから、
責任を取る気構えも無いし、
起きたときに誰も責任を取らないじゃない?
会社でも何処でもそうでしょ?
アノ何かオジサンが3人か4人並んで
「申し訳ありません」ってやってるけど、
あれで責任取ったと思ってるわけ?皆さん?
この一人ひとりが、ポストには就きたいくせに、
何か起きた時の責任のある、
責任を取る身構えがあるの?
どうやって(責任)取るかは役所に相談することじゃないですよ。
自分自身の
覚悟と、
能力と、
社会に対する責任。
しかも Japan という所で、
世界の中の第3の
経済大国?
科学技術で信用つくって来たのは日本でしょ?
-アニメじゃないでしょ?日本の信頼は-
それなのにもかかわらず、
責任を取る積もりはあるのか?
そのくせ社長に成りたがったり事務次官になりたがったりってのは
なんなのよ!?
-っていうことを問われたんですよ。
だから国会事故調は憲政史上初というけれども、
世界に向かって
日本の、
政・産・官…まぁメディアもそうだけど、
業界の、鉄のトライアングルの、
ホールボディCTスキャンを見せた-ということなんですよ。
皆さんそれ解る?
だからそれ見せたんだから、
皆さん一人ひとりが必ず選挙に行って、
まぁ良い候補居ないって言うかもしれないけれど、
どんどん行けばね、必ず貴方たちが信頼できるような人が出てきますよ。
選挙に行かないってことは、
自分がその、政治に参加する機会を無くしてるんだから。
行政府としてはその方が都合が良いんだから。
だから去年の参議院選挙は
-おととしか-(一昨年の衆議院選挙、昨年の参議院選挙)
皆、行政府、(聞き取れず???)調べてますからね。
20代の投票、投票したうちの20代は、7.9%ですよ。
20代、30代、40代、50代、60代、っていくと、半分は60歳以上ですから、
それを見てれば、若い人が7.9%だったら、
大体15%ずつディストリビュートするはずなんだけどね、
若い人の気持ちを表すような政策するわけないじゃない。
そういうこと分かってるの?
メディアも分かってんのんね?
-ということを一人ひとりが考えて行動するという時が来たということですよ。
よろしくお願いします。
T:【同時通訳】
先生、有難う御座います。
大変、素晴らしい説明をして頂いたと思います。
何故、ここに我々が居るのか-と、いうことがそれで解りました。
いろんな教訓を学ばなければなりません。
ですので、将来のエネルギー政策を立案するにあたりまして、
福島の事故から学んでいかなければいけないわけであります。
ですので他の国々はどういうような経験をしたのか、
えー、電力市場が、もう既に競争原理が導入されたとか、
あるいは発想電分離がなされたとか、
あるいは再エネが、より安くなって来て、
そして既存の発電所が発電している電力と競争で優位に立っている、
そして、例えば北米とかヨーロッパにおきましては、
電力会社が赤字を垂れ流してるとか、
そういうようなことを色々、午前中から聴いてきたわけであります。
ですので、日本にとりましてこれは一つのopportunity(機会,好機)
ではないかと思うわけであります。
ですので、デヴィッド・スズキ代表
(デヴィッド・スズキ・ファンデーション代表)にお願いします。
S:【同時通訳】
有難う御座います。
この国際会議に参加することが出来まして、大変光栄に感じております。
幾つかのアイデアにつきまして皆様方と共有することが出来れば
―と思います。
本当に激励された。気持ちがウキウキするというような
会議になってきたわけであります。
ですのでやはり再エネの分野におきまして、
世界中でどんなことが起きているのか?
ということが分かったわけであります。
黒川先生と同様でありまして
日本の状況を理解するにあたって、
やはり歴史を紐解く必要性があるわけであります。
ですので、より対極的な見地で見ていきたいと思います。
ただ単に福島の事故とか、
あるいはエネルギーの政策ということではなく、
より広範囲にちょっと見ていきたいと思います。
マレーニ駐日マレーシア大使が、
こんなことをジャパン・タイムスで言っているわけであります。
“将来の繁栄の為に、新たなヴィジョンを作らなければいけない”
ということであります。
ですので彼が言っているのは
貿易協定とか、観光の促進、
そして成長を続けるということであります。
でもって新しいというものが全く無かったわけであります。
ですので繁栄とはどういう意味なんでしょうか?
経済というのは
繁栄を達成するための道具であり、手段であります。
しかしながら目標では決してありません。
ですので、真の意味での繁栄を達成するために、
経済活動は必要なわけであります。
しかしながら繁栄と言った場合には、
どのような生活をしているのか、
健康であるか、教育・教養が受けられるか―とか、
或は家族との絆、或は地域社会との絆がどれくらい強いか―
ということを含めての繁栄ではないかと思います。
消費だけではないと思います。
新しいものを買って、そして次々と消費するということをしますと、
生命自身、生命自体の意味を無視してるんじゃないでしょうか?
ですので、本当の意味での現実を直視していないと思います。
我々はグローバルな危機に直面しているわけであります。
ですので、人類、この、生命が始まって以来30億年経っているわけであります。
エリザベス・コルバートがこういう風な本を書いております。
『第六回の絶滅―The 6 extinction』
という本を書いてるわけでありますけれども。
何回にも渡りまして、色んな種とか動物が絶滅してるわけであります。
ですので、今回の絶滅ということになりますと、
自然の現象ということではなく、
人類がその絶滅を起こしているわけであります。
我々はある意味じゃ、この惑星のトップに立っているわけであります。
トップの捕食動物になってるわけでありますし、
そして、この色んな種の動物の絶滅を起こしてるわけであります。
もし、蜂など、全ての受粉活動をしている虫などが消えたのであれば、
この地球のエコシステム自体も崩壊するわけであります。
人類といたしましては、
この惑星との、地球との関係を変えてきたわけであります。
私は1936年に生まれたわけであります。
その時には20億人しか人口はなかったわけであります。
そして、その中で人口は爆発いたしまして、
3倍になってるわけであります。
ですので、この70億人の人間といたしましては、
水を飲んで食事をし、衣服を着て、
そして、その消費をするわけであります。
エコロジカル・フットプリント
(人間活動の環境負荷を表す指標の一つ)
といたしましては、
巨大なものになって来てるわけであります。
そして、突然、技術も与えられたわけであります。
ですのでこの技術によりまして、
地球全体も観ることも出来るわけであります。
そして、海底も探検できるわけでありますし、
山の山頂にも、その、色んな資源を探しにいくことが出来るわけであります。
そして、色んな、ま、貪欲的にいろんなものを消費しているわけであります。
日本に来て、色んな物を、お土産を買うわけであります。
ですので、日本ですと、どこか行くとお土産を買わなくてはということに
なるかと思います。
ですので、そして、その、消費致しますと、
それはゴミになり、そしてまた、放出される―ということになるわけであります。
ですので、世界中の人々は、先進国の企業が売る相手になると、
―マーケットになるということになるわけであります。
ですので我々は、余りにも力を得たわけでありますので、
そのバイオスフィア(biosphere:生物圏)の特性も変えてるわけであります。
ですので、ダムを造ったり、
そして、地震の頻度も高めているとか、
それから山を崩して、そして埋め立てたりをしているということに
なるわけであります。
それで、鉱山を掘って、それから都市を造っているということでありますので、
地球それ自体の特徴、特性を変えてるわけなのであります。
それから更に、科学的に言えば、
地球をゴミ箱として使っているわけであります。
大気を汚染している、水質汚濁をしている―ということを
しているわけであります。
そして生物学的には、外来種を伝播させたり、
或は森林を伐採する、或は洪水を起こしている
―そういうことをしているわけであります。
そして、都市を続々と造っているわけであります。
ですので科学者達は、
これは人間中心的な時代―という風に言っているわけであります。
ですので地質学的にも、
一つの、その、人間が力になっているということが言えるわけであります。
そうした、この問題を直視しなければいけないわけであります。
我々はバイオスフィアの中で生活をしているわけでありますけれども、
その問題を直視しない、
それに眼を瞑っているわけなのであります。
その人類の営みのうち、95%の期間は、
放牧をし、狩猟をし、採集をして、生活をしたわけであります。
そしてその、狩猟・採集生活をしておりますと、
自然の一部である、自然に完全に依存しているわけであいります。
過去一万年に渡りまして、
人類といたしましては、
農業を始めたわけであります。
1900年ですと16億人しかおりませんでした。
そして、14の都市―これは100万人都市ですけれども、
ロンドンが最大のものでありました。
東京― 7番目でありました。
150万人の人口が居たわけであります。
殆んどの人々は、農村に住んでおりました。
殆んど全員が農業に従事していたからであります。
農業に従事していれば、
自然に依存しなければなりません。
突然それが変わったわけであります。
100年―1900年から2000年(の間)―に変わったわけであります。
世界人口といたしましては、60億まで爆発したわけであります。
そして400の都市、これは100万都市になっているわけであります。
そして1000万人以上の都市もあるわけであります。
アメリカとかカナダとか、ヨーロッパの人々の殆んどは
大都市に住んでいるわけであります。
大都市ですと一番優先されなければいけないのは、
雇用・仕事ということになるわけなのであります。
ですので、仕事がなければ資金が得られない、給与が得られない、
そしてその給与で自分が欲しい物を買うわけであります。
私が子供の時ですけれども、
やはり、勤勉じゃなければいけないという風に教わったわけであります。
自分が欲しい物を買うためには、仕事をしなければいけない。
勤勉に働かなければいけないということになるわけなのであります。
ですので、我々、消費者として、買えるものにつきましては
無限なわけであります。
ですので、経済はなんのために、
エコノミーというものは何の為にあるのかということを
自問自答しなくなってしまったわけであります。
これだけ多くの物が溢れているわけでありますけれども、
何の為に―ということなのであります。
エコノミーこそ、経済こそが、
一番優先される目標になっているわけであります。
私自身、こういうような環境の戦いに携わって来ているわけであります。
ですので、その、戦いをしている人々は、
お互いに話し合ってはおりません。
もう叫び合っているだけであります。
ある伐採をしております樵たちのインタビューをしたことがあります。
環境活動家で伐採に反対している人は居ないという風に言ったわけであります。
今、ただその樵の一人は
“子供達は樵にならないよ。彼らが大人になった時には、もう森林なんか無い”
―という風に言ってるわけであります。
ですので、車とか、家、住宅ローンを返済するために、
子供の教育のために、これだけ多くの木材を伐採して、
子供の時代になれば、もう森林は無くなると言う風に、
こういう樵たちは思っていたわけであります。
あと何分くらいあるんですか?
T:Oh,Good.
S:大丈夫ですね?(笑)
共通の言語を打ち出したいと思います。
世界の見方について、この、議論を続けたいと思います。
自然の原則に基づきまして、
我々の世界は形作られているわけであります。
例えば、物理ということであります。
ですので光の速度、光速以上に速く動くロケットを造ることは出来ません。
ですので、この、反重力の機械を造ることも出来ません。
その熱力学の第一、第二原則に反するような機械を造ることは
出来ないわけであります。
それに基づいて生活をしているわけであります。
化学でも同じであります。
拡散の率も一定に決まっております。
そして反応、反応に対する制約、
そして色んな原子の分子的な特性というものは分かっているわけであります。
これが化学です。
それで生活してるわけであります。
それに慣れているわけであります。
生物でも同じであります。
各種におきましては、
最大扶養数と―頭数―というものは、決まっているわけであります。
エコシステムで支えられる頭数というものは決まっており、
それ以上にということになりますと、
その種につきましては、
少なくなるということになるわけであります。
では、人類にとりまして
このバイオスフィアというのは、我々のエコシステムであって、
そこで生活を営まなければならないわけであります。
そして我々は生物学的な種ということになるわけであります。
例えばカナダで“我々は動物ですよ”と言いますと、
一部の観客は怒るわけであります。
“私は決して動物ではない。私は人間だ。”―と。
いや、決して(そういう意味ではなく)
人間も動物の種のひとつということになるわけであります。
ですので、動物として、
“貴方は動物なんだから、基本的なニーズというものは決まっている”
わけであります。
5分間息を止められる人は居ますか?
そんなことは出来ません。
我々の肉体によりまして、
ただ単に呼吸を止められることによって自殺は出来ないわけであります。
大気、空気というものは、最も重要な要素なわけであります。
ですのできれいな空気というものが必須なわけであります。
それは全員で合意できる点だと思うわけであります。
ですので、このバイオスフィアを維持するというのが、
最も重要な人類として、
いかなくてはいけないことになるわけであります。
ですので、きれいな大気、そして飲料水、土壌、
食料、エネルギーなど、というのが、
我々として維持していかなければいけないことなわけであります。
それが生物学の原則のひとつといことになるわけなのであります。
では、他のものは何でしょう?
これは自然の法則ではありません。
例えば、自分の持ち物、自分の街、自分の都市とか、
県とか国の周りに国境なり、ボーダーを設置するわけであります。
例えばテキサス州でありますと、
その家に立ち入った人を銃で殺すことも、
それは許可されているわけであります。
しかしながら、カナダの空気、日本の空気っていうのはあるんでしょうか?
その国境に到達した時に、それは突然アメリカの空気に変わるんでしょうか?
それは空気など、全然国境を見て見ぬ振りということになるわけであります。
ですので将来、大気がどうなるのかということにつきまして、
全くこの国境は関係ないわけであります。
ですので京都議定書以降、どうするかということにつきまして、
色々、議論をするための国際会議はされたわけであります。
そのときに192ヶ国が参加したわけですけども、
その大気については、国境関係なく、
これは議論しなければいけないわけなのであります。
それからさらにエコノミー、経済、それから株式会社とか、
あるいはマーケットというものは、
これは自然の原則に基づいているわけではございません。
これは自然の力に基づいて発明された、創られたものではございません。
我々人類が創ったものであるわけであります。
そして、少し前はですけれども、
ちょっと一昔前ですけれども、
人々は火を噴く怪獣とか悪魔を信じていたわけなのであります。
そして彼らに対しまして、
生贄とか宝石(貢物?)を奉げたという時代もあったわけであります。
彼らは、その、怪獣とか悪魔を信じていた時もあるわけであります。
今の人間はそんなことはありませんし、信じておりません。
しかしながら別のものを信じているわけなのであります。
ですので、そんな悪魔とか怪獣の代わりに、
経済、マーケットを信じているわけなのであります。
今日この、観客の中の人々の中でも、
その、マーケットが重要だ、マーケットを信じている、
経済を信じているという人が居ると思います。
それも変えることが出来ると思います。
しかしながら、自然の法則を変えることは出来ません。
ですので議論を進めていきたいと思いますが、
そして未来について考える際に、
我々、種として、人類としての未来を考える際には、
その自然の法則に基づいて、
我々どういう風に生活を続けていくのか
そしてバイオスフィアを維持するのか、
ということを是非、議論していきたいと思います。
ですので長期的な持続可能な、
人類の生活ということを考えていきたいと思います。
T:【同時通訳】
何故ここに居るのか?ということ(を)
学びました。
デヴィット先生によって
何処に我々は向かっているのか?
尋ねなくてはいけないといことが分かりましたし、
根本的な自然の力と、人間が創ったもの、
人間が創った限界の間(境界?)は違うのだということが分かりました。
場合によっては人間が創ったものによって、
拘泥して考えが狭まってしまっているということも伺いました。
それでは神野先生、
日本にエネルギーを提供する、
その方法。
自然の力に適合したやり方で、
そして日本の経済状況に適合したやり方で、
ということに関して
どのような御意見をお持ちでしょうか?
神:えーっと、あの、最初にお断りしておきたいんですが、
私、網膜剥離を患っております。
私の網膜剥離はですね、普通の方であれば、
二十歳ぐらいで近視が止まるんですけれども、
二十歳過ぎても近視が止まらずに、ドンドン近視が酷くなって、
網膜に裂肛を起こし、
そして遂には失明するわけですね。
もうアノ、曇りガラスから向こうを見てるような状態でしか
見えないわけです。
それで私っは、今のご質問についてもそうなんですが、
エネルギーの専門家ではありませんので、
私が言えることは、ひとつですね。
つまり、近視眼的な物事の見方をして、
目先だけの利益を追っていれば、
待っているのは暗黒だけだ―ということです。
(会場・壇上?:笑)
で、私の専門は財政学ですので、
エネルギー政策そのものに直接触れることは出来ません。
只、今のご質問―問い―に、間接的にお答えするようなことで言えば、
私のやっている財政学は、19世紀の末に、ドイツで誕生した学問です。
ちょうど、今経済学の主流派になっている新古典派― Neoclassical economics
といわれている学問と同時にドイツで起きました。
で、財政学の考え方はですね、
私達の市場社会は、経済システム
―市場で運営される経済システムと、
それから、社会システム、
―コミュニティと言った方が良いのかもしれませんが、
生活の場である社会システムと、
それから政治システム
―統治するものと統治されるものから成り立つ、
三つから成り立っている、
こういう風に、三つの組織から私達は構成されているんだ
―と、こういう風に把握いたします。
えーっと、これは国家市場共同体、
このトリアリィ(三位一体:トリニティ?)から成り立っていると
理解して貰っても構いません。
で、同時に、今の主流派の経済学と違うところは、
今の主流派の経済学は、
時間を止めて、循環の論理で社会現象を説くのですが、
私ども財政学では、
生成の論理ですね、
どういう風に発展して来たのか、
これは、あの、黒川先生もスズキ先生も御指摘になられましたように、
歴史が重要だっていうことに繋がる発想方法ですね。
それで、日本のエネルギー政策を振り返って問題を整理してみると、
世界各国そもそも同じですが、
大きな転換点は1973年の石油ショック…ですね。
で、それまでの経済は、先進諸国では、
「黄金の30年」という風に言われるように、
重化学工業化をしていきながら、
経済成長を成し遂げて来た経済でした。
で、同時に社会体制としては、
福祉国家といわれている体制をとってですね、
経済成長と再分配とは両立するんだ
―という考え方に成り立って、
―によって動かされていたという風に言っていいと思います。
これを支えていたのが、繰り返すようですが、
重化学工業による経済成長なわけですね。
ところが重化学工業というのは、
自然資源を多消費する産業ですから、
それがですね、石油ショック
―これは自然資源に、いよいよ枯渇状況が現れてきたぞ―という
警告がくだされるわけですね。
―というよりも1973年の前の年に、
1972年にローマ・クラブはですね、
「成長の限界」という警告をしております。
この限界はですね、
再生不能資源―化石燃料のようなですね、
再生することの出来ない資源が枯渇するので、
成長に限界が来たんだ―と、
こういう風に警告した
と言う風に理解できると思います。
で、その後、その危機的な状況をどういう風に克服したのかというとですね、
アメリカのカーター大統領は、
ホワイトハウスの上にソーラーパネルを敷いてですね、
“これからは化石燃料の時代ではなく、
再生可能エネルギーの時代だ。”
こういう風に、あの、そもそも宣言したんですね。
で、それを次のレーガン大統領は取り外してですね、
“いやいや、化石燃料の時代ではないけれども、
再生可能エネルギーの時代でもないんだ。
市場に任せれば、市場は必ず価格の調整によってですね、
代替エネルギーを見つけてくれる。”
つまり、
“ある価格が高くなってくれば、
他の価格も採算ベースに上がってくるので、利用可能になる”
―と、こういう風に主張したわけですね。
それで手を付けたのが原発です。原子力発電ですね。
私は、丁度その頃学生時代でしたけれども、
私の恩師がいつも言ってたのは、
“この狭い日本にですね、
フローの管理、
つまり運転していく管理はどうにか目処が立っているけれども、
ストックの管理、
寿命が尽きた時に、それを解体してどう管理していくのか、
見通しもつかないまま、10基造るってことは考えられない”
って言ってたんですが、もう50基…造るっていうような状況に
陥ってるんですね。
その後、その市場に任せながら経済成を長進めていこうという政策が、
また、打たれていきます。
そうするとですね、
何が起こったのか?―というと、
今度はですね、再生不能資源が枯渇するっていう状態を跳び越してですね、
再生可能資源、これが再生可能でなくなった
―という状態にたどり着いたと言う風に思います。
つまり、自然というのは、自己再生力を持っているわけですが、
この自然の事故再生力が失われ始めた。
ギリシア哲学でも、つまり自然の要素っていうのは、
「土、水、気」です。「気」=「大気」ですけども、
さらに、「火」が加わりますが、危険物として「火」、
この再生可能なものが再生力が失われ始めたっていう時代だと思います。
そこで、人類は何を言い始めたのかっていうとですね、
「成長の限界」っていう言葉に代えて、
「持続可能性」―「 sustainability」
これ言い始めたんですね。
この私達の認識というのを、考えておかないとですね、
未だ、あの、“sustainability”と言いながら、
成長を―
あの、“成長の持続可能性”だと思ってるアレがありますから、
“そうじゃないんだ”ってことをですね、
私達は認識しておかなくちゃいけないし、
特に日本は、エネルギー政策に限らず、
これからの政策を考える上でですね、
大きな責任を負ってる。
この責任はですね、
どうも日本の歴史とか、人類の歴史とか、というちっぽけな歴史ではなく、
私達の生命を育んでくれたこの水色の惑星と共に歩む歴史の終わり、
つまり、宇宙史的なですね、責任を負わなければならないような
失態を演じたのではないか―という風に思っております。
それで、この、自然の自己再生力が失われ、
このことは―ちょっと時間が無いので論理が飛躍しますけれども、
同時に裏側でもってですね、
社会の自己再生力力もですね、喪失したっていう時期に入ってきました。
これは、ローマ法王が、
「人間の歴史が危機的な状態になると、
“レールム・ノヴァールム:Rerum Novarum」
―これは“新しき事柄”を意味するラテン語ですけども、
これを出します。1991年に、ヨハネ・パウロ2世が、
「レールム・ノヴァールム」をお出しになりました。
法王は、次の2つの危機が私達人類を襲ってるって言ってます。
ひとつはですね、自然環境の危機ですね。
―これは先ほど言いましたように、
自己再生力が失われた。
もうひとつの危機は人的環境です。
―人間と人間との絆-結びつき-
これすらもですね、今、崩壊の危機に来ているんだけれども、
人類は今、その存在すら、気がついていないんだ―と、
いう風に警告をされています。
で、私達日本人は、
東日本大震災を目の前にしてですね、
「生と死」が隣り合わせになるような原体験の中で、
二つのことを、少なくとも学んだはずです。
ひとつは、
人間の社会の価値体系
―何のためか―っていうことを考える時にですね、
“人間の社会の価値体系の最上位には、
人間の命が位置づけられなければならない”
―っていうことですね。
もうひとつはですね、
“人間が生きていくうえには、
生きるっていうことを、
共にしないと生きていけないんだ”
―ということを学んだはずです。
で、生きていくことを共にするよいうkとについて言うと、
二つの次元がありまして、
ひとつはですね、
人間と人間が生きることを共にする―ということと、
それから、もうひとつは、
生きとし生きる自然と、
人間が、生きることを共にする
―この二つの次元でもって、
生きるっていうことを共にしなければ、
人間は生きられないのだ
―ということを、認識したはずなんですね。
これは世界に伝えなくちゃいけないんですが、
えーと、先程、黒川先生が仰ったように、
日本人は熱しやすく冷めやすいのとですね、
美談が好きなので、何か美談が起きちゃうと、
未だ悲惨な状態が続いているにも拘わらず、
現場で悲惨な事が起きていないんじゃないかっていう、
錯覚にとらわれるので、
一時期は真剣に、誰に強制されたわけでもなく、
自ら自発的に、今のような二つのことを、
気がついたはずですね。
それで、私は、これを、日本人が、創り上げていく、
それから、これからのエネルギー政策を考える上で、
今の二つの経験を元にすれば、
先程スズキ先生も仰っていたのですが、
私達人間の社会を生命のリズム
―生きとし生きる自然のリズムうえに置かなければならない
―と、いう風に思います。
それは、今の…
―(腕時計を見て)
すみません、もう止めましょうか(笑)
市場原理主義者達が言っているですね、原理は、
ハーディングの言ったですね、
「コモンズの悲劇」、
この「コモンズの悲劇」はね、「共有知の悲劇」ではなく、
私に言わせると、
コモンズの上に、
人間のコモンズ、助け合うコモンズ、コミュニティが
出来上がってない悲劇なんですね。
コミュニティが出来上がっていれば、
そのコミュニティは、必ず自然をですね、巧みに管理します。
で、そう考えていけば、
コミュニティから日本人は、
コミュニティから、
自然の顔というのは、
私がやっている財政学と同時に誕生したドイツの地政学では、
自然と言うのは地域毎に違いますから、
自然と共にフレンドリーに生きていくってことはですね、
それぞれの地域毎に、違った生活様式で、
その自然と最適な物質代謝を演じなければいけないはずです。
で、そうだとするとですね、
コミュニティのところで、人間と自然とが、
巧みに物質代謝をする。
そのことをやるためには、
人間と人間のコミュニティが必要であり、
そのコミュニティがやっている自発的な協力の限界を、
地方自治体がやり、
地方自治体が出来ないことを、上がやっていきながら、
同時に、その地域で廻る産業、
経済活動っていうのはですね、
人間と自然との物質代謝です。
人間が生きていく為に必要なものに自然を代えていくことですから、
それぞれの地域の上に、
その地域で廻っていく経済を創りあげる。
そういうことを成し遂げていく、日本人はミッションがある。
エネルギーも同じことですね。
地域で廻すエネルギーから徐々に大きく持っていく
―ということだろうと思います。
すいません、長くなりました。
T:Thank You.
【同時通訳】
有難うございました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・《後半へつづく》
なんだかリハビリみたいに追悼番組を聴く毎日。
1/10 坂崎幸之助 K's TRANSMISSION。1/10は内容を変更して
「大滝詠一さん追悼番組」 http://ow.ly/sj45A 毎週金曜日21:00~23:00
ファンでありミュージシャンである坂崎さんならではの
大滝さんとの交流の様子が聴けて、
心温まる内容でした。
“― クーリネックス・ティシュぅ~ ♪” です。
1/12 TOKYO FM 「永遠のナイアガラ伝説!
~大瀧詠一トリビュート」伊藤銀次、杉真理
終盤しか聴けなかったけど、銀次さん&杉さんのウキウキ・コンビの
「幸せにさよなら」弾き語りあり―、
「 ― 後は各自で ―」という有り難いお言葉もありで、ジンときました。
1/12 InterFM「細野晴臣 Daisy Holiday!
友人・大滝詠一を語る夜 その①」25:30~
1月4日か5日の収録ということで、
まだまだシンミリな口調の細野さん。
でも、大滝さんとの馴れ初めの話など楽しそうに語ってくれて少し安心。
そっかぁ、ブルース・クリエイションのステージで
エルヴィスを(変な動きで)歌ってたのか大滝さんは。
柳田ヒロさんが大滝さんを
“ブルース・クリエイションのマネージャーだと思ってた”
というのもこの頃の話かな?
大滝さんによると
“セッション・ブームでヴォーカルが暇な時間が長かったんで、
小坂忠さんと談笑してたのをヒロさんが見て勘違いしたんだろう”
―とのことでした('13年9月:坂崎幸之助 K's TRANSMISSION)。
細野さんの大滝さんの第一印象は
“ビージーズのロビン・ギブ”- だったとか
細野さん・大滝さん・中田(ヨシヒコ)さんの3人で
ランプポストというバンドでオーディション受けたけど落ちた話も。
そのランプポストの由来の
S&G:「The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)」の
ハーパース・ビザール・バージョンがかかって、その①は終了。
Hello lamppost, what'cha knowing
I've come to watch your flowers growin'
Ain't cha got no rhymes for me?
Doo-it in doo doo, feeling groovy
Ba da da da da da da, feeling groovy
このタイミングで聴くと色んな意味にもとれるけれど…
ゆっくり行きましょうか。
その②も楽しみです ゚・(ノ∀`)・゚。
1/10 坂崎幸之助 K's TRANSMISSION。1/10は内容を変更して
「大滝詠一さん追悼番組」 http://ow.ly/sj45A 毎週金曜日21:00~23:00
ファンでありミュージシャンである坂崎さんならではの
大滝さんとの交流の様子が聴けて、
心温まる内容でした。
“― クーリネックス・ティシュぅ~ ♪” です。
1/12 TOKYO FM 「永遠のナイアガラ伝説!
~大瀧詠一トリビュート」伊藤銀次、杉真理
終盤しか聴けなかったけど、銀次さん&杉さんのウキウキ・コンビの
「幸せにさよなら」弾き語りあり―、
「 ― 後は各自で ―」という有り難いお言葉もありで、ジンときました。
1/12 InterFM「細野晴臣 Daisy Holiday!
友人・大滝詠一を語る夜 その①」25:30~
1月4日か5日の収録ということで、
まだまだシンミリな口調の細野さん。
でも、大滝さんとの馴れ初めの話など楽しそうに語ってくれて少し安心。
そっかぁ、ブルース・クリエイションのステージで
エルヴィスを(変な動きで)歌ってたのか大滝さんは。
柳田ヒロさんが大滝さんを
“ブルース・クリエイションのマネージャーだと思ってた”
というのもこの頃の話かな?
大滝さんによると
“セッション・ブームでヴォーカルが暇な時間が長かったんで、
小坂忠さんと談笑してたのをヒロさんが見て勘違いしたんだろう”
―とのことでした('13年9月:坂崎幸之助 K's TRANSMISSION)。
細野さんの大滝さんの第一印象は
“ビージーズのロビン・ギブ”- だったとか
細野さん・大滝さん・中田(ヨシヒコ)さんの3人で
ランプポストというバンドでオーディション受けたけど落ちた話も。
そのランプポストの由来の
S&G:「The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)」の
ハーパース・ビザール・バージョンがかかって、その①は終了。
Hello lamppost, what'cha knowing
I've come to watch your flowers growin'
Ain't cha got no rhymes for me?
Doo-it in doo doo, feeling groovy
Ba da da da da da da, feeling groovy
このタイミングで聴くと色んな意味にもとれるけれど…
ゆっくり行きましょうか。
その②も楽しみです ゚・(ノ∀`)・゚。