てんかん患者にとって、自動車の運転というのは、非常に適度な付き合い方が難しいとされています。
専門医の先生でも、人により症状が全く異なるてんかんにおいて、自動車との付き合い方の回答はハッキリ示せないと、苦しい現状を仰っています。
あくまで、私の事例として今までの自動車との付き合い方をお話ししてみたい思います。
他の記事でも述べましたが、37歳の頃に真夜中(早朝)の自動車での通勤時に、どこか意識がもうろうとし、気が付いた時には車は電柱と正面衝突で大破→全損です。
自分自身も、脚を中心に腰・胸部など複数の圧迫骨折で、数ヶ月入院する大ケガをします。
この時に、発症の10歳以降で初めて意識の減損を伴う発作へと移行したと、ハッキリと形に残ったことになりました。
今思えば、その前兆となるような症状も確認されています。
自分自身はてんかんといえば、左手の違和感・ちょっとしたしびれでした。
意識がボーっとするのは全く関係ない、と思っていたので、自分のてんかんへの知識の無さを後でホトホト後悔します。
事故退院後の1年弱、通院しても回復しない現状への限界を感じて、今のてんかん専門医の先生へ数ヶ月前に転院しました。
今回のように、自動車での事故のような、大きな出来事がない限り、人はなかなか決断が出来ないとも言えます。
私自身が、そもそも意識の減損を伴わない発作が、ごくたまににある程度でしたので、基本的な運転を含め、各種の行動制限はありませんでした。
今思えば、みなと同じように学生時代に、自動車免許を取得することが出来たのは、せめてもの救いでした。
免許を取得する以前から、車が好きだったので車に関わる仕事に就くことが出来れば良いな、と大まかには望みはある学生時代です。
その縁もあって、自動車の物流等に関わる管理部門の会社に就職。
顧客回り、関連団体・お役所周りも仕事の一つなので、自動車の運転とも切っても切れない重要な業務でした。
通勤も時間帯がまちまちであったこと、不便な場所に事業所が所在していたので、自家用車通勤です。
公私共々で、自動車に深く根差していたので、運転が出来ないダメージは事故を起こしたこと、ケガをしたこと、意識を失う発作を起こしたこと同様に、非常に大きなショックを受けました。
現在の法律では、意識の減損を伴う発作が2年以上ないことが、運転再開への条件とも診察の初日に医師に伝えられました。
何年も運転出来ないことも気になりますが、最も大切な事は間違っても他車や誰かを巻き込むようなことは、絶対にあってはなりません。
とはいえ、てんかんを患っても、条件を満たせば運転が可能になった現状もあります。
改めて、現状を踏まえ今後の自動運転とアシスト運転について考えてみたいと思います。
自動車に関わる仕事を15年してきましたが、特に都市部や市街部における全自動運転の完全実用化は、まだまだウン十年先のことかと思われます。
人の動きが複雑怪奇・摩訶不思議と言っても過言では無い、密集地帯の市街部で完全自動制御の自動車が、一切接触等もせずに完全に自動運転を遂行できる技術の完成には、どれほどの時間とお金が掛かるだろうか、想像を絶します。
全自動運転と言えば、令和に入ってからも特定の軌道の上を走る横浜の「シーサイドライン」でも制御・配線故障によるエラーで、逆走運転をし衝突事故が起きてしまった。
自動車は軌道(線路のようなもの)が無い道路を走ります。
そこを接触もなく、死角の人や自動車のと接触等を避けながら走行することの難しさは、生身の人間でもよく把握していることです。
そこで、完全自動運転に期待するよりも、徐々に高精度な実用化が進む「アシスト運転」に注目したい、と個人的には思っています。
大手自動車メーカーとも各社とも、アシスト運転には力を非常に入れていますが、つい先日(2021年11月)の報道でも、マツダが高度運転支援技術「CO-PILOT」の搭載を発表します。
高度運転支援技術「CO-PILOT」
マツダの新技術については、上記のリンクに大まかにまとめられてありますので、参考にどうぞ。
運転中に意識など失ってしまっても、安全に自動で退避する技術を搭載したという、新システムの搭載ですね。
現段階でも、自動車各社は衝突の危険性を感じたら自動ブレーキで停止する技術や、車線をはみ出しそうになったら、安全に自動補正する技術は既に実用化しています。
自分の事故を思い返すと、速度こそ出ていませんでしたが、この自動ブレーキ技術のみでも搭載された車に乗っていれば、私もここまで大ケガをしないで済んだ可能性はあります。
「もし~」の話しをしても仕方がないのですが、可能性として軽減はされていたでしょう。
そのような万が一のことは、健康な方でも誰にでもあり得ることなので、運転支援技術の搭載は、全ての自動車で国を挙げて取り組むべきことです。
「てんかんと運転と」という意味では、現行法の医師から運転の許可が出た段階で、マツダ車のみならず、運転支援システム搭載車は大いに活用したいです。
支援システムへの絶対的な信頼は禁物です。
120%作動するものでもないし、何らかの条件で作動しないケースも想定されます。(注意書きにもあり)
システムに頼りきりではなく、自身の身体の状況を理解しつつ、基本的にはシステムを作動させずに済むようにするのが、最も望まれることは、誰にでも通じます。
てんかんのみならず、法と医師の許可のもと、当然のこと自分自身の体調も問題なければ、通常のように運転させて頂ければ良いと思います。
ただ、てんかんを患う者として、「必要以上にまた車に乗れる・運転が出来る期待」をしないように心掛けています。
私も車が幼少期より好きだったので、他の人より、自動車へのこだわり、いわば執着は人一倍強いかもしれません。
その好きだからこその執着が、かえって自分を苦しめている事にもなりかねません。
てんかんという病をどこかで受け入れ、その現状と危険性をしっかり理解し「あわよくばまた乗れたらラッキーかな」くらいに留めるようにしています。
昨年の事故のようなツラく、複雑な思い、周りに迷惑もかけたくもありません。
もちろん、乗れるものならまた乗り回したいですが、ある程度の安全と安心あってこそ公道は走るべきです。
自動運転や、高精度な運転支援システム、またはより高い精度の抗てんかん治療薬の登場など、色んな期待値は今後も予想はされます。
まだ来ぬ未来に強き期待を抱くよりも
自分自身が特定の物事への執着を解き放つ方が、よほど簡単に思えなくもない
そんな、今日この頃です。
清濁併せのむような現状の、てんかんと運転をめぐる現行法。
己が「健全なる前向きな諦めを」を手にすべき方が、よほど未来は明るいのかもしれません。
諦めとはむしろ、相当な「攻めの発想」でもあると思えるのですよね。
戦略を練り直して、人生を果敢に攻めるという感覚です。
PS
何度か諦めという一見、後ろ向きな言葉を使いましたが、ここで全く今まで見えなかった選択肢が浮かび上り、なにか新しい道へ進む突破口となるとするれば!?
そう考えると、人生はそう捨てたものではないかもしれません。
「それも、まぁいいか」