でも、社会、家族、職場、友達の輪の中、いろんな場面の中にあっては、自分はただの歯車だったり、通りすがりだったり、脇役だったりする。
自分の世界だけを中心に生きる視点ならば、自分だけが主人公だから自分本位の選択だけが並ぶのかもしれないけれど。
視点をひとつずつ扉の向こうに向けてみると、どんどん自分の存在はちっぽけで、取るに足らなくて、その他大勢になっていく。
どちらも真実であるし、現実でもある。
誰もが主人公であり、それは誰もが脇役であるんだな、と。むしろ、主人公不在の物語の中で、瑣末なスピンオフを演じてるのが今の自分の役どろこなのかもしれない。
そうなれば、自分を人生の主人公にするのは自分自身の選択次第であるし、同時に選択次第で、悪役にも脇役にも、死に役にもなりうるのが現実だ。
私は私の人生の主役になれているのかしら?